RUI。流依。るい。

≪現在、若者に絶大なる人気を誇るトップモデル。
彼が着た服や身につけたアクセなどは飛ぶように売れ、その経済的効果は計り知れない。今まさに流行を、時代を創る人物だ。≫



…ぱさ、と持っていた雑誌を乱雑にテーブルに放った。
自らのこの紹介記事はもう見飽きてしまってつまらない。他に気の紛れる雑誌か何かないかと目で探すが目ぼしい物は見当たらない。


「……はぁ」

諦めて軽く息を吐き楽屋の白い天井を見上げる。


…あーだめだ。集中できない。これからバラエティの収録だってのに。
幼い頃から幾つもの撮影、収録をこなしてきた俺は今更テレビの収録なんかに緊張はしない。
ましてや俺の性格上、集中出来ないほどに取り乱しているなんて考えられなかった。

……俺がこんな状態には原因がある。

(…くそ、あんな現場に遭遇するなんてまじでついてねぇ)

そう、それはついさっき起きた出来事だった。



――つい15分前――


俺は他の出演者の所へ挨拶に回る作業をしていた。主に後輩が先輩方の楽屋に挨拶にいく、とゆう芸能界のルールのようなものだ。
この日も同じように先輩芸能人への挨拶回りをこなしていた。
本当を言えばこの作業、他人の為に俺が動かなくてはならないから堪らなく嫌だった。昔からよく言われるが俺は自己中なのだ。
でもそんなの微塵もわからないように得意の愛想笑いで誤魔化す。

そしてなんだかんだで今日の最後共演者、芸人"フジカシ"の楽屋前。


フジカシってゆうと今大人気のあの芸人か。
名前は覚えていないが、前にテレビで見たときにボケの方の男が芸人とは思えないような容姿をしていた気がする。まるで俺たちモデルの仲間のようだと思った。
それしか覚えていないからもう片方の奴の顔は覚えてないが、確か地味だったような気がする。
地味な方には端から興味はないので、今日はボケの方の顔をよくみておこう。



…と、色々考えてから扉をノックしようとした……が、

中から聞こえてきた声にノックする手が止まる。盗み聞きなどするつもりはなかったがその声に耳を澄ましてしまった。


『…んっはぁ…はぁっ』

(…!?)
扉からうっすらと洩れてきたその声に、身体の動きがピタリと止まった。

『っあ、あ、んっはあ…先っぽぐりぐりっ…気持ちええ』


これって、喘ぎ声?しかも男の声だよな…?
いつの間にか気になって、俺は扉に耳を寄せていた。


『くんっはぁっあ…もう、乳首つねんのやめぇ』

『気持ち良いくせに』

『気持ちええから嫌やぁゆうてんのや…っあン』

『紫さんは…。こうやって、乳首とおちんちんを同時に弄られるの好きですもんね?』

『ひんっあ、あっ…ぅ、うんっ…好きぃっ』



その会話から、俺の中にあった疑いは確信へと変わった。この声、やっぱり男だ。男同士だ。そしてここはフジカシの楽屋前。
衝撃の事実に俺はたらりと冷や汗が流れる。

しかも声は前にテレビで聞いたフジカシのものだ。間違いない。会話や声からするに只今真っ盛り中なんだろう。


……なに、こいつらゲイなの…?
そう思った瞬間、急に嫌悪感がわいた。大人気の芸人がゲイだなんて…しかも相方と楽屋でやっちゃってるなんて。
信じがたいこと過ぎて、俺は扉から後退りした。

そして俺は足早に自らの楽屋に逃げ帰った。フジカシに挨拶などできないまま。



……………そして今に至る。男同士の情事中に遭遇、しかもそれが大人気芸人のフジカシだし、あの甘い声が耳から離れないし…で、だいぶ悩まされていた。

なんて運が悪いのか。
…とゆうか、そもそもテレビ局の楽屋なんかで普通ヤるか?挨拶に来る人間だって多いのに。ったくまじありえねぇ。

ぐちぐちと文句を垂れつつ、時計を見ればもう本番30分前。そろそろ準備を始めなければ。


(……結局フジカシに、挨拶行ってねぇけど…)

けど行けるわけないだろ。あんな現場に遭遇してドアなんか叩けない。
かと言って、収録では顔を会わせるわけだから事前に挨拶はしておくべきだ。


…どうしようか…。



…くそ、なんで俺がこんな悩まなきゃならねぇんだクソ。
はぁーと大きな溜め息を吐き、また天井を仰いだその時。


……コンコン、

「…!」

俺の扉がノックされた。
誰だ、と驚きつつも"はい"と返事をすると、ドアが開かれた。

「あー。どうもはじめまして、芸人やってますフジカシです」

扉を開け、楽屋に入ってきたその顔を確認した瞬間、身体が硬直した。そして声。この声、さっきあんあん言ってた…
あのフジカシが今目の前に。

「初めましてですよね。ボクは藤田紫です。で、こっちは相方の」

「鹿島颯太です。よろしくお願いします」

ぺこ、ってそれはもうご丁寧に頭を下げた。
さっきまで真っ盛りしてたのが俺の勘違いだったのではないかと思うくらいに爽やかな二人がそこにいる。


「あ、こ、こちらこそ…、モデルのRUI(流依)です。よろしくお願いします」

藤田、紫…。この黒髪眼鏡が…?確かに中性的な顔をしてはいるが、どうもあんな風に喘ぐようには見えないんだが。

そして鹿島、と言ったかこの男。リアルでみてもモデルのような顔つき、身体つきだ。スラリと長い手足に高い伸長…
こいつが単体でロビーを歩いていたら確実に同職だと思うだろう。

……だがこんな優れた体躯を持ちながらなぜ大変だときく芸人に?それになぜ男に走ったのか、そこが理解出来ない。


「一回話ししてみたかってん流依くん!今人気すごいなぁ。バラエティとかCMとか一日一回は絶対みるで」

「…ぁ…ありがとうございます」

黒髪の眼鏡…藤田と名乗った方がにこにこしながら話し掛けてきた。
なんだこの人…。

「今日は初共演やんなぁ、よろしくお願いします」

「お願いします」


「あ、はい。こちらこそ…」


また二人、頭を下げてきた。俺もつられて頭を下げる。

「あ、そろそろ時間やね。一回楽屋戻って準備しとかな。…つかお前靴履き替えてないやんけ」

「あっ!本当だ…」

「ほんっとお前おっちょこちょいやなぁ。しっかりしぃ」

鹿島颯太の方をみると、足元が普段履いているようなスニーカーだった。
それをみた眼鏡の方…藤田紫が鹿島颯太の背中をツッコミ風に叩いた。
その姿は親子みたいだ。やはり先程の事は重ならない。…妙な気持ちだ。


「……わざわざ、俺の楽屋に挨拶に来てくれたんですか」

俺が行っていないから先輩の二人がわざわざ。

…気づいたら帰ろうとする二人に声掛けていた。

「うん?あぁ、そうやよ。挨拶は大事やからなぁ」

そうにっこり笑う藤田の笑顔には、とても年上には見えない透明感があった。


「…ですよね」

「んじゃあ俺ら楽屋戻るから、またスタジオでなー流依くん」

「あ、はい…。」

結局にこにこしたまま、帰っていった。心の中に猜疑心を抱えながら、二人が楽屋から出ていくのをただ見ていた。




(……なんなんだろ…フジカシって…)