『ピンポーン』

リビングにインターホンの音が響いた。
寛いでテレビをみていた俺は、数秒考えてから 立ち上がる。

同じリビング内にある玄関モニターでインターホンを押した人物を確認しようと、ボタンを押した。

「…はい」

『こんにちは、クロヤギ急便です』

宅急便か…。
俺は足早に玄関に向かう。

…がちゃ


「こんにちは、お届け物です」

「…あ、はい。」

「えっと…金額は8240円になります」

「……。はい、ちょっと待っててもらえますか」


俺は玄関を開けたままにして、リビングに戻る。
8240円か…。

俺は、今日の朝、テーブルの上に封筒が置いてあるのに気付いていた。
おそらく、封筒を置いたのは今日届くことを知っていて あの代物を頼んだ張本人だろう。


「……ったく」


その封筒の中を確認する。
…ち。8240円ぴったり入ってやがる。
俺は軽く舌打ちをしながらも、宅急便の人を待たせているので足早に玄関に向かう。

「…すいません。8240円丁度です」

「はい、失礼します。…確かに。では、ここにサインか印鑑お願いします。」


宅急便の人にお金を渡して、借りたボールペンでサインをした。
そして小包を受け取って。


「ありがとうございます。それでは失礼しました。」

「ご苦労様でした」




がちゃり。


はあぁー。
と大きな溜め息を吐いた。
なんで全く関係のない俺が受け取んなきゃならねぇんだよ。
頼んだ本人が受け取れよな。


と、手の中にある小包を見つめる。


……これが8240円?
かなり軽いんだけど。何も入ってないみたいだ。

上下に揺すってみるとガタガタと音がする。

「………。」

全く何を頼んだんだか。
……まぁしかし、どうゆうものかは想像は出来る。あいつの事だし。




………俺には兄弟がいる。四つ上の兄貴が一人。名前は涼輔。
小さい時は歳も然程離れていないせいか仲もすごくよかった。兄は優しくて、頭が良くて、少し気の弱いとこもあったけど大好きだった。

でもいつからか、兄は部屋に引きこもるようになってしまって、パソコンばかりにかじりつくようになってしまった。
そして必然的な事のように部屋はみるみるリアルでは存在出来ない女の子だらけになっていった。



……そんな兄が俺は嫌いだった。存在しない存在に憧れて眺めて満たされるなんてあり得ない。
そもそもオタクが嫌いだからこう思うのかもしれないけれど、兎に角、今の兄は許せないし、受け入れられなかった。


そうゆう俺の思いもあってか、今じゃとても冷めた兄弟関係だ。
会話なんてほとんどないし顔を見ない日だってある。ただひとつ屋根の下に存在してるだけ。


…昔はあれほど仲が良かったのに。




******





包みを貰って直ぐには兄の部屋に届けようとは思わなかった。
兄の部屋は二階だし 兄の為だけに二階にあがるのも面倒だったから。

でも暫くしてから、自分の部屋に携帯を忘れた事を思い出した。
俺の部屋も二階にある。とゆうか兄の隣の部屋。


だから携帯を取りに行くついでに親切にも包みを届けてやろうかと思った。




小包を持って二階にあがる。もうだいぶ見慣れてしまったが、兄の部屋の周辺には俺の胸あたりまで積まれた段ボールがたくさんある。
色々注文した結果だ。
大量の段ボールは兄の部屋に収まりきれなくなって、共有スペースであるはずの廊下まで侵食しだしたんだ。

おかげで廊下が狭くなった。これを見る度に少し腹が立つが、今日は


……がんっ

「…痛ッ!」


その段ボールに足の小指を引っかけてしまい、猛烈な痛みが俺を襲った。

「……っぁあもう…!」


そして痛みと共に溢れてきた激しい怒り。
廊下にまで段ボールを置いた兄への怒りだ。
前から言ってたのに。廊下にこんなにたくさん置かないでくれ…って!!!


小指をぶつけた事により、俺の中に今まで蓄積されていた怒りが爆発した。
俺は小包を届けに来たことも忘れて兄の部屋のドアを乱暴に開ける。

「おい!!てめえいい加減にしろよ!!」

「…?祐輔…」

怒声をあげて中に入れば、兄はパソコンからゆっくりと顔をあげてこちらを振り返った。

ぼーっとした顔。
……腹が立つ!


「何度も言ってんじゃねえかよ!段ボールを廊下に置くなって!!」

「……でも、僕の部屋にもう入らないし…まだ未開封のやつだから…」

うだうだと喋る兄。
そのうだうだが更に腹がたって、俺はつい、

傍にあった美少女のフィギュアに手を出してしまった。


「いいから早くやれよ!」

「あ……っ!」

美少女のフィギュアを掴んで床に投げた。
すると、物が床に叩きつけられた音と共に、美少女の細い腰からパッキリと見事に半分、折れてしまった。



別に折るつもりはなかったが、折れてしまった。
でも美少女を壊してもまだイライラの方が収まる気配はなく、変わらずギリっと兄を睨みつけていた、ら。


「………ミクアちゃん…」

兄が明らかにわなわなしだして、か細い声でミクアちゃん(?)と呼びながらこちらに近付いてきた。

「…あぁ…ぼくの…ミクアちゃんが…」

声は震え、身体はふらふらしていて兄は今にも泣きそうだった。
しかし、俺はそんな姿が嫌で仕方がなかった。

だから禁句であるであろう、言葉を平然とはいてしまった。



「たかが人形ごときで」


「……………」





途端に兄の動きが止まる。同じくして纏う空気も変わった。
しかし俺は大して気にもせず言葉を続ける。


「どうせそんなの粘土の塊だろ。泣くほどショック受けることなわけ?くだらね」

は、とばかにするように鼻で笑った。
すると、それが引き金になったらしい、いきなり兄が俺の胸ぐらを掴んで

「…たかが…人形ごとき…?」


静かな声でそう、呟いた。眼鏡の奥の眼がすわってる。…どうやら完璧にキレてしまったよう。

でも、所詮ひ弱な兄のことだ。こんなの振り払おうと思えば余裕で…─。

と、たかを括っていたが、予想以上の力で振りほどく事ができない。華奢な兄からは想像出来ない力だった。
喧嘩慣れしている俺が、非力に見える程に。


「…はなせ」

「やだよ。祐輔はバカにした」

「……は?」

主語がねぇぞ、なんて思っている間に 胸ぐらを掴まれたまま引き摺られる。
……ベッドに。

そしてやっと胸ぐらが離されたと思ったら、今度は俺の後頭部を掴んで、ベッドに顔を押し付けるようにうつ伏せに押さえ込まれた。

そして梱包に使われていたであろうビニールヒモを取り出して俺の両腕を縛りあげ、ベッドヘッドに固定した。

…恐ろしい手際のよさ。
抵抗する隙もなく、ベッドに固定されてしまった。
がっちりと結ばれたビニールヒモはどんなに暴れてもとれないし、起き上がる事すら出来るかどうかわからなかった。
………これはピンチ。



「……おい、どうゆうことだよ」

少々上擦った声が出てしまった。これじゃあまるで怯えてるみたいじゃねぇか。冗談じゃない、こんなオタクに…。

「…ミクアちゃんの痛みを知ってよ、祐輔」


「………は…?」