『それではお次は 今人気絶頂のコンビ、"フジカシ"です!』
司会の言葉だけで途端にあがる歓声。
その歓声に迎えられながら俺たちは舞台袖から出ていった。
「どぉも〜」
更に増える歓声。いや、最早悲鳴に近いような声だ。それはもちろん悪い意味での悲鳴ではなくて。
「藤田と」「鹿島で」
「「フジカシです。よろしくお願いします」」
俺達はお笑い芸人だ。みんなに笑顔になってもらうための素敵な職業。
でもそう見えるのは上辺だけ。売れていない芸人にとって素敵な職業とは言い難く、辛い忍耐のいる職業だと俺は思う。
例え売れた芸人でも、人にはブームって物があるから
持て囃されている時は華だが飽きは必ずやってきて、そこからは地獄が待っている。
咲き戻れる可能性は本当に低い。まるで一瞬の煌めきを見せる花火の様だと誰かが言っていた気がする。
全くその通り。厳しい世界だ。
そんな世界で今、こうやって売れていられる俺達は幸運なのかもしれない。
「紫さん、お疲れさまです」
「おう、お疲れ」
ネタ披露も収録も終わって只今楽屋。
若手芸人なんて大体大部屋だから辺りは他の芸人仲間の声でガヤガヤガヤガヤ。
その中で疲労によりテーブルに突っ伏していた俺に、相方である鹿島が声をかけてきた。
「紫さん、コーヒーどうぞ」
「あんがと」
鹿(…鹿島のあだ名)が自販機で買ってきてくれたらしい缶コーヒーを受けとり、だるそうにしながらも開けて中身を傾けた。
俺の相方…鹿島颯太。
フジカシのボケ担当。
性格は温厚で優しくて、でも少しヘタレで。天然も入ってるかもしれない。ネタ中のボケは結構本気だったりもするし。
しかし侮るやなかれ、実はこいつ、見てわかる通りかなりのイケメン。
背も高くてモデルみたいで口を開かなければ色々と完璧な男。
……でもそんな男がなぜ厳しい芸人なんかに。と思うと思う。いや、現に俺もそう思ったから出会った初日に失礼ながら聞いてしまった。
すると、答えは至ってシンプル。"憧れの先輩がいるので"だってさ。誰かは聞いたりしなかったけどよくあるパターンだ。
流石の男、鹿島颯太。
でもそんな相方が居てくれたからこんなブレイクできて、今がある俺。きっと俺だけとか、他の奴とコンビを組んでたらブレイクはなかったと思う。
だから俺は鹿に感謝すべきだろう。人気に火がついたのは鹿がイケメンだからだし。
……すべては鹿のお陰。
「あの紫さん、今日ネタ書いたりするんですか?」
「んー。まぁ、今日明日くらいにはせぇへんとなぁとは思っとるけど…なんで?」
「あ、いや。僕も手伝おうかなと思いまして」
「手伝うって、お前ネタ書けへんやん」
「傍でみてるだけでも」
傍でって。
コンビ"フジカシ"のネタは全部俺が書いている。もちろん鹿も書けることは書けるけど
なんとなーく俺ばかりを弄るようなネタだったから、それからは俺がネタ作り担当になった。
それが決まったのがコンビ結成1年目ぐらいの時。
「………いいよ。別に。俺一人で大丈夫やし」
「そんな事言わないで下さい。…本当を言えば僕が紫さんの傍にいたいんです」
「…なに気持ち悪い事ゆぅとんねん」
………また鹿のこの目。
俺を見つめる熱い視線。
それが嫌いだった。
なぜこんな事になったのか、
それはコンビを結成して2年くらい経った時だった。