「…はぁっ…はあ…はぁ…っ」

「…ふ…、」

室内に荒い呼吸の音だけが響く。他が静かなせいか、それが嫌に大きく感じた。

「…。珍しいな。お前が意識飛ばさないなんて」

ベッドの上でぐったりとしながら息を乱す俺に如月が言った。
…こいつ、もう呼吸整えやがったのか。ぜぇぜぇしている俺をしれっとした顔で見てくる。

「…っせぇ…、はぁ…」

とは言ったものの、確かに、あんなにイったのに意識を飛ばさないのは珍し…いや、初めてのことだ。
身体が慣れたのだろうか?よくわかんないけどこれはこれでしんどいかも。

「…はぁ…疲れたぁ…」

「お前はただ喘いでただけだろ」

「それが疲れたっつってんだよっ!」

「喘ぐだけが?」

〜〜っっ!!
こいつ、受ける大変さを知らないからそうゆうこと言えるんだ。お前もそっちの立場になればわかるさ!この大変さがよ!

ぷーっと可愛い子がやれば大変可愛い、頬を膨らませて怒るやつをやったら如月に鼻で笑われて頭を叩かれた。

「って!」

「起きてるんなら自分で風呂入れよ、汚ぇから。」

「………」

そうして如月はベッドから離れていく。
それと同時に俺の中の何かも急激に冷めていく。

………なんで、俺たちセックスしてたんだっけ。
罰だっけ、躾だっけ。

よくわかんないけど、目的を忘れるぐらいさっきまで如月と熱くなれていたのに、如月のこの冷たい態度で引き戻される。
ただ俺を上手く使うための躾のセックスだってことを無理矢理理解させられるんだ。
その目的以外はなにもない。目的がなければ俺の身体にはなにも。

(………こんな理由のあるセックスなんてやだ…)

服従させる為だけなんて。
それが嫌なら如月にどう見て欲しいのかなんてわからないけど、兎に角

…もっと、優しくしてくれてもいいんじゃねぇのかな。
せめて、こんなに早く現実に引き戻されることがない程度に。


俺は、広くなったベッドに横になって、それから静かに目を閉じた。風呂は……如月の言うことなんか聞いてやらねぇ。








「なんだこいつ。結局寝てやがる」

ベッドの上で汚い身体のまま、すやすやと寝息を立てる三船を見てため息を吐いた。

寝る前に風呂に入れと言ったのに。結局また俺が綺麗にしてやらないといけなくなったじゃないか。これじゃあいつもと変わらない。

「このダメ犬」


罵りつつもベッドの端に腰を下ろし、その寝姿を観察していたが 静かに扉がノックされ、反射的に立ち上がる。
返事をすれば扉が開けられ会長が顔を出した。


「やぁ、失礼するよ。元気かな?三船は」

「あ、はい」

「あらあら、もうダウンしちゃったんだ、残念。あ、これ差し入れ」

会長が入って来たときから持っていた御盆を俺に渡す。その盆の上にはいい香りを漂わせている紅茶のはいったティーカップが2つとお茶菓子のクッキーが。


「会長、こんなことなさらなくても私が…」

「気にしないで。それにこれは貴裕が淹れたやつだし」

クッキーは買ってきたやつだけどね。と会長は笑う。会長曰く、只今水瀬は花嫁修業中らしい。その中でも料理を出来るようになりたいらしくその一貫で紅茶も淹れてみたとの事だ。
だからと言って会長自ら持って来て下さらなくても…。

「三船の分もあるんだけど気持ち良さそうに寝ているから仕方ないね」

「起きたら飲ませます」


「やだなぁ怖いよ如月。もしかして、」

にこにこしながら会長がスッと首を指指して。

「たっくさん咬まれたから怒っているのかな…?」

その台詞には少々ぎょっとした。…どうやらワイシャツをきっちり着ていても見える位置に咬み痕があるらしい。俺は盛大にため息をついた。

「生徒たちからよっぽど狂暴な"恋人"がいるんだなって思われてしまうね」

「やめてください…」

だがそれもあり得る。
首元に咬み痕など、喧嘩ではつきっこないし動物に…も歯形的に難しい。
そうなったらもう、狂暴な恋人がいるとしか思えないだろう。
…誤解を招くこんな姿では学校内…いやそれどころか、外を歩けない。

「幅の広い絆創膏を出しておくよ。後で貼るといい」

「すみません。ありがとうございます」

他に隠す手段が見つからないから仕方がない。気を使ってくれた会長に頭を下げる。

「やだなぁ如月、全く君は堅苦しいね。僕たち、幼馴染みの仲なんだから気を使わなくてもいいのに」

「そうゆう訳には」

昔から、会長は俺にそう仰ってくれる。
けれどこの世界には『身分』というものがあるんだ。幼い頃にはわからなかったこの差も、成長するにつれ『自分の立場』と言うものを理解した訳で、会長である高崎様にそのような無礼など出来ない。

「昔は僕の事"真人くん"って呼んでいてくれたのに」

「幼き頃の無礼、お許しください」

「本当、カチカチだね如月は…。けど」

会長が呆れ顔から、にこりと綺麗に笑う。



「君、最近少し変わってきたね」


その予想外の言葉に、俺は目を見開き驚くしかなかった。




◇◇◇





「……んあ…」

何に起こされる訳でもなく自然に目が覚めた。

こんな静かな目覚めは久し振りだ。今までは乱暴に如月にたたき起こされてばかりだったからそんなのにもううんざりしていた所だった。素晴らしい目覚め、万歳。

「いま…なんじ…」

頭だけベッドから起こして時計を探すも見当たらない。じゃあこっちかな、と寝返りをうつとそこには、

「…っ!き、さ…」

隣に如月が座っていた。
…正確には下半身はベッドに入りつつも背をベッドヘッドに預け眠ってしまっている状態だけど。…その脚の上にノートパソコンを乗せたまま。

「…なんでこんなとこにいんのコイツ…」

仕事ならいつも机でやってるのになんでわざわざベッドで。つか、こいつが眠ってるの初めて見たかも…。

「…こいつも、寝るんだぁ…」

人間だから全然当たり前の事なんだけどこの堅物が眠ってるとかなんとなく違和感があってその寝顔をまじまじ見てしまう。

「……綺麗な顔してるのにもったいねぇよなぁ」

あんま気にした事なかったけど如月もアニキと同じよう、整った顔立ちをしているし笑えばもっと素敵なのにどうしてああ、無愛想なんだろう。

俺だったらその整った顔立ちを最大限利用して遊びまくるのに。

如月の顔を覗き込んで見ていたら、手か何かが触れたのだろう、暗くなっていたパソコンの画面が ぱっと明るくなった。

「…っぁ、やべ!」

一瞬驚いたが、
ディスプレイにはたくさんの文字の羅列。どうやら文章を打っていた途中だったようだ。
俺はその画面に目を凝らす。

「…?『カンサツキロク』??」

おっと、嫌なタイトルだな…。
眉間にシワを寄せながらもタイトルの下の字に目を走らせる。

「『会長から気性が荒く頭が悪い三船を預かる』…ってやっぱり俺かぁ」

嫌な予感が現実になった。どうやらこの文章たちは俺の観察記録らしい。
俺とセックスした日からのことが詳細に書かれていて、『通常時では命令に全く従わないが射精を条件に出せば簡単に口を開く』だとか『薬を使えば自らフェラをしてくる』だとか。
読んでいる俺からしたら複雑な心境になるものばかりだった。

だからなんとなくパラ見をしながら読み進めていたが書きかけらしい、今日のところで目が止まった。

『会長から少し変わったと言われた。よくわからないが、いい兆候らしい。あと、三船にはもっと飴を使ってもいいんじゃないか"と会長が…』

『もっと飴を使う、とはどうすればいいのだろうか、わからな』

ここで文章が終わっているから、きっとここで眠りに落ちてしまったんだろう。


「飴…ねぇ…。」

さすがアニキ。やはり俺の性質をわかってくれてる!…と喜びたいところだが如月の事がなんとなく気になって喜べない。
飴…、要するに優しく甘やかす、がわからないなんて一体如月はどんな生き方をしてきたのだろうか。


そのままぼんやりと如月の顔を眺めて考えていたが 不意に如月の目が開いたもんだから驚いて飛び上がった。

「……何してる。まだヤり足りないのか」

「…っはぁ?!ちっげーし!ふざけんなっ」

俺は声を荒げて如月から飛び退いた。
…悩む如月なんか初めてみたから、少し心配していたのに…なんだ、いつも通りじゃん。俺がばっかみたいだ。

口をひん曲げてそっぽを向いて『もう拗ねましたぁ』の態度をとってやると、それを見た如月は少し考えたあと、

「……お前は飴と鞭、どちらが好きだ?」

「…はぁ?!」

何を当たり前のことを聞いてくるんだこいつは。そんなの、

「"飴"に決まってんだろぉー!俺は褒められて伸びるタイプなんだからなぁっ」

自信満々に言ってやると、如月はまた少し考えた後、

「そうか」

「……っぎゃあ?!」

何を思ったのか俺をいきなり抱き締めてきたのだ。あまりの突然の出来事に身体が硬直する。

「飴を、やろう」

…飴?え?これが飴?

俺の身体を包む体温。目の前にあるのは俺の歯形がたくさんついた首筋。耳元で囁かれる低い声、如月の優しい匂い。
そ、そして嫌にうるさくなる俺の心臓の音…。


「…っい…いぎゃあああっ!!!」


…気付いたら、よくわからないが悲鳴をあげ如月の腕から逃げだしていた。
ベッドから転げるように降り、一目散に部屋の壁際まで逃げる。

「お前、言ってることとやってることが違うぞ」

「うっうるさ…っ黙ってろ!」

「飴が好きとか言っておきながら」

「いまのはっ!……。」

知るかよ…!俺だって全然整理がついていないんだ。
咄嗟に逃げてしまったが、
なんで、こんなに身体が震えて鼓動が速いのか、理由がわからない。

でもただわかるのは、


「…抱き締められんの…こわい」

身体がこんな反応示すんだから嫌だってことだ。もう、あんなことしてほしくない。


数メートルも離れた如月に必死にそう伝えたが、彼はよくわからない、というような顔をして

「なら尚更やりたくなるな」

それから意地悪く笑った。
飴を増やすどころか如月は結局、鞭を取り出したのであった。

「このっ意地悪変態秘書が!」

俺の嫌なことばっかり!
やっぱり如月なんて大嫌いだ!



(…けどすごく…変なキモチなのは、なんでだろ…)


心臓が嫌にバクバクしてうるさいから壁際でしゃがみこんで一人、深呼吸を繰り返していた。
如月に、知られないように人知れず、静かに。


こんな感情、俺は知らない。




END