(貴裕…)

意識の端っこの方で呼ばれた気がした。その声は聞きなれた優しい声で俺の名を呼ぶ。

「ま…まさと…?」

恥ずかしくて本人を前にすると言えない名前呼びもぼんやりとしたこの空間ならあっさり言えた。
高崎に名前で呼ばれてんだ。俺だって高崎を名前で呼んでやりたいって想いはある。その強い想いがどうやら表に出たみたいだった。

「…っ貴裕!」

「…ぐぇっ…え?!え?」


って……あれ?
ぼんやりとした空間から一転、見慣れた俺の部屋。そして俺に抱き着く、朝から強烈なイケメン。

「…っえ、何でお前…!」

俺の平凡で汚い部屋に全く似つかわない高崎が、居ることに驚いたが…そうだ思い出した、昨日泊めたんだったっけ。

昨日の記憶をロードしながら一連のことを思い出す。昨日危惧していたがどうやら俺はベッドから落ちなくて済んだみたいだ。

だがそれにしてもこいつはなんで朝からこんなにぎゅうぎゅう抱き締めてくるんだろうか。

「な、なに、苦しいんだけど」

「可愛いなぁ貴裕」

な、なんだよこいつ気持ち悪いぞ。朝はこんなキャラになるのか?

「僕の事、これからそう呼んでね」

「…へ」

そう呼んでね?
その言葉に凍り付く。そして心当たりが一つ。

……あ、れ。もしかして、あの空間…夢の中で呟いた"まさと"ってやつリアルに口に出してた…?
高崎の前で寝惚けて名前呼んでたのか?!

「え…っ」

「うん」

「…いやいやいや…」

「なら僕、反応しないよ」

否定したら拗ねやがった。ぷい、なんてやったって可愛いくねぇよ。…ちょっとだけ心擽られるけど。

「…ガキみたいなことすんなよ」

「……」

「おい高崎」

「……」

「おいってば…」

これは高崎のやつ本気か。無視なんて高崎にされたことなかったから驚く。
でも幾らなんでも抱き締められたまんま無視とか酷いだろう。


…俺がさ、まさとって呼ばないのは嫌だからじゃない。もう今まで高崎って呼んできたから良い慣れないってのと恥ずかしいからだ。
名前呼びってなんだか急に近付いた感じするし、特別な関係になる気がするだろ?
確かに俺と高崎とはそうゆう特別な関係な訳で、俺も高崎を名前で呼んでもっと親密になりたいってゆう願望はあるけど…言葉とかに表すと非常に恥ずかしくて、上手く口に出来ないんだ…。



「…わかったよ…、…真人」

でも無視されるのは困るから珍しく俺が折れた。
きっとこれぐらい強引にしてくれないと俺は恥ずかしさを乗り越えられないからまぁ良かったのかもしれないけど。

「ありがとう、嬉しい貴裕」

「これから頑張るよ…」


当分、目をみて名前は呼べないな、と己の弱さに自嘲気味に笑ったけど、
すっごく嬉しそうな真人をみて、やっぱり言って良かったなと思った。



『お兄ちゃーん、高崎さーん!朝御飯できましたよー!』

「お呼びかかった。行こうぜ…真人」

「そうだねっ」



名前ってゆう特別な言葉。その人だけを振り向かせられる魔法の言葉。

きっと慣れるのに少し時間がかかるだろう。
でもどきどきしながら呼んだ名前に、彼が満面の笑みと手を握る事で応えてくれたから、また次も呼びたくなる。こっちを見て、笑いかけて欲しくなる。

(……真人…)

そのためなら、言える気がする。いや、言えるよ。


「……真人」




それくらい、お前に堕ちてるんだから。





END