俺はその夜クッションをバスバス叩いて憂さ晴らしをした。…いや、"憂さ"ではないか。
なんだろう、なんか言い表しようのないような感情で満たされていて自分自身どうしたらいいかわからなくて 何でもいいから当たりたかったんだ。

でも当たったところでスッキリしなかった。寧ろ余計モヤモヤした。
…無意識に唇に手が伸びる。

『恋人してんだから、こうゆうこと当たり前だろ』

ただのフリじゃんか。
手を繋ぐのはなんとなくわかるが、キスはわからない。
フリなのになんでそこまで…おかしいだろ。


「…からかって出来ることじゃない事って…どうゆう意味だよ…。」

本気…だったとか?
いやいや、でも俺男だし。それはすごく困るし。

………でも正直、キスされて嫌悪感がなかった自分にもだいぶ困っていたりなんかして。

「……フリ、だもんな」

越えた一線は、なかなかに大きくて。
明日、顔合わせづらいし何より、あんな態度とったのだ。毎朝のお迎えも来ないだろうと考えていた。



◇◇翌朝◇◇




"ピンポーン"


「おはよう」


……秋田はいつも通りにやってきた。
驚いた俺はまだパジャマ姿で呆然とする。

「寝坊でもしたのかよ?遅刻すんぞ。早く仕度しろ」

…いつも通りの秋田の口調。まるで昨日のことなど存在しなかったかのような振る舞い振りだ。

「…あ…、あぁ」

俺は呆気に取られて 素直にコクリと頷いた。外で待たせるのも悪いから両親ももう仕事で出てるし秋田を家の中へと入れた。

…夢、だったのか?いや、そんなまさかな…。でも秋田は平然としているからそうなのではないかと思ってしまう。

悶々としながら急いで仕度を始める。

「朝飯食ったの?」

「ぇっ、ぁ…いや、お前のチャイムで起きたから…」

「ふぅん…キッチン借りてもいいならなんか作ってやろうか」

思いもよらぬ秋田の提案に俺は驚く。

「や、でも食ってる時間ねぇし…」

「どっちみち真部のこの仕度スピードなら遅刻決定だよ。ならもうどうでも良くねぇ?」

仕度が遅くて悪かったな。ぎりっと睨むが秋田が荷物を置き、腕捲りをする。
作る気満々のようだ。

「ほんとにいいのかよ…つか秋田料理とか出来んの」


「まぁな、つか料理っつう程のものじゃねぇよ」

無礼にも勝手に人ん家の冷蔵庫を開け、卵と牛乳を取り出す。そして近くにあった食パンも手にとり。

「フレンチトースト、好き?」

「………好き」

ガキの頃から好きな食べ物の一つだ。甘くてとろとろしてて、よく母がおやつにと作ってくれたっけ。

好き、だけどこの年になって大きな声で言うのは恥ずかしいので俺は目をさ迷わせながら小さく頷いた。

すると秋田は笑って、慣れた手付きで作り始めた。


「お前はいいから仕度してこい」

「…あ…、おう、」

つい見とれていた…訳じゃない。






焼いている、いい匂いがしてきた。俺は髪もセットし終わり、今は着替え途中だが気になって秋田のいるキッチンに足を向けた。

「…ちゃんとできてら」

「家でよく作るからな…って、お前何それ」

「…は?」

秋田が真顔で俺の上半身を凝視してる。かと思えば手が伸びてきた。

「ワイシャツのボタン掛け間違えるとか、子供か」

「えっ…あ…」

…よく見てみれば。一段ずれて掛けてしまっている。慌てて直そうとするが、その前に秋田がボタンを外し始めた。

「ぉっ俺自分で」

「うるせぇよ」

「ぅん…っ…?!」

ずいっと近づいてきていた秋田に気が付かず、ボタンに気をとられて顔をあげたらまた、
また昨日みたいに唇に押さえ付けられた…秋田の唇。

「んっ…んん!…んっ!」

逃げようにも片手で後頭部、もう片手で身体を抱き締められ思うように抵抗ならない。

「…っん!く、ん…!」

「っ暴れんなよ、これも練習だ」

なんのだよ!
と目で伝えれば秋田は唇を少しだけ離して囁くように言う。

「恋人としてやること、出来ることの」

あくまで俺たちはフリ、だろぉ!
と言葉に出したい所だが口が塞がれては叶わない。
それどころか、唇を抉じ開けられて口の中にまで秋田が侵入してきたからさぁ大変。

「ん…んっ…や、ぁ」

いとも簡単に逃げる舌を絡めとられ、上顎をなぞられ、その巧い動きに俺の身体が徐々に反応を示すようになってくる。

「…ふ…、んっ」

「…身体、ひくひくしてるけど」

「ん…ぅ、…んっ」


「…あ、フレンチトースト焦げちゃう」


熱い口付けだったが突然、秋田がフレンチトーストのことを思い出し、唇を放された。
俺はふらふらとしてしまって秋田に腰を支えられなければ倒れてしまっていただろう。

息を一人、乱しながらぼんやりと口元に触れる。どちらのとも分からない唾液が口元、喉元まで伝い流れていた。

それで はっと我に返った俺は腰元を抱く秋田の腕を引き剥がし、

「…っこの…変態がっ!」

と叫んでからキッチンを飛び出した。
…向かった先は洗面所。ぐちゃぐちゃの口元を洗いたかった…というのもあるが、俺の身体にとんでもない異変が生じていたから、というのもあった。

それは…

「…くそ、なんで…」

なぜか…俺の息子が反応を示している。秋田のあのキスで。

「冗談だろ…。なんで勃ってんだよ」

信じたくなくてなんか泣きそうになった。
…だって男にキスされて反応するなんて、…俺はそんな趣味全くなかったのに!

…秋田のせいで。
秋田が手を繋ごう、とか抱き締めたりなんかするから。
"恋人"という関係を無意識に意識していたんだきっと。だからキスされた時も嫌悪感がなくて。
気持ち良い、なんて感じてしまったんだ。



お前が…あんなことするからだ…!



「……ばかやろっ」

頭がぐしゃぐしゃになって俺は勢いよく顔を洗った。