金色の糸を持つている貴方に久方ぶりに会いに行きました。
糸は燃えて燃えて色をはためかせ、光輝きながら夜を照らします。星のように、或いは行灯に似た淡い光のガス灯のように。
妾はそれに吸い寄せられるのです。
妾はそれを口惜しく思うのです。
妾のこの細い腕では貴方の袖を掴むことすらできやせん。光る貴方をただ遠くから見てるのみ。
貴方は妾のものなのに、妾は貴方を見ていることしかできないのです。
ああその笑顔を!
どこか甘い貴方の香りを、妾の襦袢に染み込ませたい。
貴方の蜜のような眼差しを、その長い四肢も、全部全部妾のものにしてしまいたい!

ふらふらふらふら妾はさながら躍り狂うように、貴方の方へ吸い込まれる。
無意識、故に本心。
貴方の瞳がこちらを向く。向日葵のように暖かく胸をジリジリと焦がすようだ。
瞳のなかに、妾の影が映っている。
貴方とは、妾が生まれた頃からの付き合いでした。ずっと一緒に育ち、寄り添ってきましたね。広げられたその腕の中に飛び込む。
どうせ貴方とはずっと離れられないのです。
だから死出の餞に最期まで、一緒に逝きましょう。


私は夢を見ていた。
蝶がひらひらと行灯の方へと飛んでいく夢。最期は羽を焦がし、その中の油にひたりながら死んでいった。
でも、あれは私ね。
真っ赤な丹塗りの窓枠。そこに腰かけたるは愛い人。
今日も煙管を燻らせてのらりくらりと生きていた。
私はまだ寒々しい北風を、一枚だけ羽織ってやり過ごす。
今宵も月に花が咲く。
今宵も丹塗りに染められる。
ああでも、もうすぐ陽が登り、貴方は煙と消えていく。
後に残るは私だけ。
虚無に残った私だけ。
「…もう少し、辛抱してよ。」
私の肩を抱き寄せて、貴方は今日もそう仰る。私はその胸にすがり付く。その時の貴方の表情は見たことがない。きっと見ても、虚しいだけ。偽りの愛に溺れて酔って、沈んだのは誰かしら。
だから私もせいいっぱい強がるの。
貴方と過ごすこの時間だけで、またしばらく辛抱できるわ。
本音は言わない。
言ったら溺れる。
貴方への思いに溺れてしまう。
油に浮いた蝶のように、窒息してしまう。

じりじりと炎が揺らめく。ぱっと明かりが消えた。

「あら。」

月を背にしていた男は、いつの間にか消えていた。行灯よりも明るい光が差し込む。
ああ、夜が明けて、貴方も連れ去ってしまった。
消え去った光のもとを覗くと、紫に茶の斑点がついた美しい蝶が、その中に浮いていた。
ああ、もう私は捕らえられてしまっているのね。


「今帰った。」

貴方は何事もなかったかのように、私のもとへと帰ってくる。
決まって夜は過ぎている。
貴方は太陽を連れて帰ってくるのだ。

「…おかえりなさいませ。」

笑顔で知らないふりをするのが、女で妻の役目。この国の人は皆そうする。
例え愛していない夫に白粉が着いていようと、なにも言わない。私は良妻を演じる。
酷く滑稽な日常。
淡々と同じことを繰り返す日常。
陽が上れば店を開けて、貴方は反物を売るのに精を出す。私は奥に引きこもって、物静かな妻をする。
全てが作られた、箱庭のような日常。そこに私なんていない、夫なんていない。

「おい。」

「はい。」

「綻んだ。」

「…直しておきます故、」

きちんと畳まれた羽織の袖に、引っ掛けたように糸が出ている。そこから漂うのは淡い沈丁花。朝靄と共に帰る日は、もう慣れた。
この沈丁花に直してもらえばいいじゃない、とは言えない。
口答えなんてしないのが、女らしいの。
目も合わせない。会話もそれだけ。
この生活のどこに愛を感じろというの。
ああきっとこの人は私を嫌いなんだわ。
嫌いだから娼婦を抱くし、私を見ないんだわ。
私は針を手に持つ。
久しぶりの仕事。嫁いでから家のなかで呆けるしかない私の仕事。
思えば、あの沈丁花はこの羽織の傷をつけても、直すことはできないんだわ。
夫の愛を手にいれても、ずっとそばにはいれないのね。
女特有の、優越感。
あの子より、私の方が優遇されているわ。

きっとこんなことを考えている時点で、

私はもう、彼に篭落されている。

2015.08.01

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