某月某日、午前十時頃。
 とあるショッピングモールの入り口にて野生のAを見つける。
 同日、午前十一時頃。
 カジュアル系のショップにて、Aはハンガーの周囲を注意深く歩んでいる。どうやら、色とりどりの布を吟味しているようだ。十五分ほど経過したが、Aは未だ獲物を決めかねている。
 同日、正午頃。
 ナチュラル系雑貨のショップにて、Aはカラフルな蝋の塊に鼻先を近づけていた。どうやら、嗜好に合致する匂いを探しているらしい。Aは火を熾すのが苦手だったはずだ。にもかかわらず、Aは蝋とマッチを集め始めた。この行動は理解に苦しむ。
 同日、午後一時頃。
 フードコートにて、Aは獲物を待っていた。遠目にAを観察する俺の前には、ドーナツの皿を載せたトレイが、対岸の空席に客を迎えるかのように置かれている。
 飲み物でも調達してこようとポケットに手を入れた俺は、財布が無いことを思い出し、舌打ちした。そうだった。今、財布はAに渡してあるのだった。Aなるいきものは、どうやら、貨幣と物の交換という概念を理解しているようだ。
 眼を戻すと、もといた場所にAはいなかった。かすかに、ラーメンの芳醇なにおいがする。空腹に誘われて腹の虫が鳴いた。ゆえに、俺は眼前のトレイからドーナツをひとつ失敬した。挟まれた生クリームと表面の艶やかなチョコが俺を魅了する。小麦粉と砂糖と卵と油の混交物を、ためらうことなく、俺は頬張った。
 額を襲った衝撃が、正面から後方に抜ける。
 
「勝手にひとのドーナツ喰うなボケ!」

 ぼたり、と、額に当たった財布がテーブルに落ちた。それは俺の財布だった。
 おそるおそる視線を上げると、俺の昼食たるラーメンのトレイを手にしたAが眉を吊り上げていた。


(動物生態学者ごっこは理解を手助けする基本)

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対象A-
Oxygen shortage/酸欠
参加作品
作者/さきは

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