それは、ある夏のことだった。
 俺の城たる安アパートは、窓を全開にしたところで、言葉を選んだ末の飾り立てた表現が猛暑、といった有様だった。部屋の隅に置いた扇風機の前で、プロペラが生み出す大気の流れをひとりじめする。息を吸うだけで汗をかくような地獄にあっては、気温と変わらぬ微風であってすら、楽園の蜃気楼を見せた。
 四畳半の和室のまんなかでは、ちゃぶ台を前にして、友人がどんぶり飯をむさぼっている。友人の手にあるものと同じどんぶりが、ちゃぶ台の上で湯気を立てていた。当然、それは俺の昼食だ。貧乏学生の我らには珍しく、テンヤモノである。たまの贅沢というやつだ。
 こおばしく、あまい香気が、食欲をそそる。
 唐突に、俺はひらめいた。

「アンコウって美味しいらしいじゃん?」
 
 この俺の問いに、食べることを続けながら、友人は眉をひそめた。

「美味しいよ。冬のアンコウ鍋は最高」
「マンボウって食べれるらしいじゃん?」
「白身で淡白だね」
「シーラカンスって不味いらしいじゃん?」
「そう聞くね。みずっぽい白身魚だ、って」
「つまり、おいしくないから乱獲されずにいたわけで。ゆえに生きた化石として現代まで種が残ってる。ドードーは美味しいから絶滅しちゃったわけじゃん?」

 友人は箸を休め、首を傾げた。

「そう聞くね。美味しかったということには疑う声もあるけどね。入植者が連れてきたイキモノに卵食べられちゃったからという説もあるけどね。ともあれ、たべものと認識されてたのは事実みたいだけど」
「つまり、ある種が生き延びたければさ」

 ちゃぶ台に両手をつき、俺は身を乗り出す。

「まずく進化すればいいんじゃね」
「すべてを食で解決しようとしないでくれないか」

 本日、鰻丼が食べたかったらしいが諸々の事情により穴子丼――もちろん、そのひとすくいを舌先が感知しただけで、薔薇色の世界が広がるほどに美味しい――で妥協した友人の目は、至極、冷ややかだった。


(世界にはおいしいものがあふれている)

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れっど-
Oxygen shortage/酸欠
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作者/さきは

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