朝、目が覚めるとウサギになっていた。
 まっしろで、ふわふわで、赤い目をしていて、鼻がひくひくしている、あの生き物だ。朝起きると虫になっていた男の話は読んだことがあるな、と、思いながら、ベッドから床へと跳び下りる。早朝の大気が軋む鮮烈さをそのまま白さにしたかのような光が、高いところにある窓を塞いでいるカーテンの隙間から零れていた。フローリングに落ちた影によると、どうやら、俺の耳は長いらしい。低い目線や、耳をぴくぴくさせると下がるらしい体温や、よくわからないものが渾然一体となった匂いが、現実をつきつけてくる。さてどうしたものかと丸まっていると、自室のドアが開いた。

「お兄ちゃん、朝だよ。いつまで寝てるの?」

 ドアを開けたのは妹だった。モヌケノカラとなっているベッドに、妹は困惑を隠すことなく首を傾げた。床へと落下してきた妹の目線と、大きな庭木のような妹を見上げていた俺の目線が、出会う。

「お兄ちゃん」

 俺たるウサギの目が輝いた。流石は俺の妹。俺がどんな姿になっても見抜いてくれている!

「家族に黙ってウサギを連れ込むなんて、そんなに彼女いないのが寂しかったのかなぁ」

 前言撤回。俺は絶望に打ちひしがれた。

「それにしても、お兄ちゃん、どこいっちゃったんだろ?」

 ドアを開けっ放しにしたまま、妹は去っていく。俺は自室を抜け出し、朝食の食卓を囲んでいる家族の足元を駆け抜け、ゴミ出しの際に閉め忘れたらしい勝手口の隙間から庭に飛び出した。
 この間、誰も俺に気づいた者はいない。
 といあえず庭を跳ねていると、生い茂った雑草の間に、甘い香を漂わせる黒いものを見つけた。それは、朝露の湿気に潤んだ、やわらかな土だった。普段なら見向きもしないそれに触発されて、ウサギとなった俺は、気づけば、すべてを本能に明け渡していた。
 土を掘りまくっていた俺の耳を、嫌悪も露わな悲鳴が襲う。悲鳴の主は、庭が穴だらけになっていることに気づいた母だった。母に箒で追いたてられ、俺は庭を跳ねて逃げ回る。門のところまで跳ねていくと――おとぎばなしの世界から飛び出してきたかのような、黒いローブを纏った――ぼさぼさの髪の男が立っていた。
 男は俺を抱き上げ、母に会釈をする。

「なかなかに可愛いウサギさんだと思いますが」

 母は俺に堀り散らかされた庭を箒で示した。

「でも、ここまでくると、害獣だわ」
「この子、要りませんか?」
「要らないわよ」

 ふむ、と、男は頷く。

「では、私がいただいても、かまいませんか?」
「お好きなように」

 こうして、俺は母から男へと厄介払いされた。

『あんた、誰だ?』

 試しに話しかけてみる。すると、男は言葉を返してきた。どうやら、この男、ウサギ語がわかるようだ。

「見てのとおり、魔法使い、ですよ。あぁ。戯れに貴方を可愛らしいウサギにしてみた、悪い魔法使い、ですね」
『戻せよ』
「無理です」
『は?』
「ですが、貴方が、彼らに厭われないようにすることなら、できます。庭を荒らそうが、家の中を荒らそうが、迷惑をかけないようにすることならできます」

 男は俺を抱き上げて、俺の目を見上げる。

「魔法、使ってもいいですか?」

 そんなの、答えは決まっている。俺は家族と仲が悪かったわけでも疎まれていたわけでもない。だから、迷うことなく、こう答えた。

『頼む』

 男の唇が、優美な微笑をたゆたわせた。
 自称魔法使いは俺を片腕で抱き、片手を挙げ、指を鳴らす。すると、俺の家は、家族ごと消失した。忽然とはこういったことを言うのか。
 呆然とするしかない俺の背を、男は優しく撫でる。
 閑散とした空き地には、何ものにも遮られることのない風が、楽しげに旋回していた。


(断絶なるものを解決と定義した場合)


『何の解決にもなってないだろーが!』
「やだなぁ。キレイに片付いたじゃないですかー」

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作者/さきは

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