待ち合わせ。
 それは、誰かが時間通りであり、誰かが時間に遅れる現象。ないしは約束の自然消滅のこと。
 ゆえに。

「遅いな、あいつ」

このような発言は、ありふれたものであると言えよう。
 ワンコインでお茶ができる、学生にとっては力強い某ファーストフード店。雨のせいで混み合っている店内の片隅で、俺は友人――名前を呼ぶのも面倒なので、ここでは眼鏡氏と呼ぼう――とともに、もうひとりを待っている。
 待ち合わせの時間は三十分ほど前。都会であれば、一駅分くらいは歩ける時間だ。
 前の席に座る眼鏡氏が、今となっては胃に納まっているアップルパイの包装を鷲掴みにする。

「待たせるなんぞ何様だ。いらいらする」
「まぁまぁ、いつものことじゃないか」
「余計タチが悪いわ」

 苛立つ眼鏡氏と宥める俺。これもいつもの役割分担。ただし、今日の俺はちょっと心に余裕がない。空がいつも晴れているわけではないように、俺だって落ちこんだり自己嫌悪に陥ったりする。具体的には、徹夜で完成させたレポートを、完成させたところまではよかったものの気づけば夢の世界に迷いこんでいて、結局は提出締め切り時間を寝過ごした。
 このやるせなさをどこにぶつければよいものか。

「あ、来た」

眼鏡氏が腰を浮かせる。肩越しに背後を見遣ると、コーヒーの載ったトレイを手に、俺たちの待ち人――名前を思い出すのも面倒なので、のっぽ氏と呼ぼう――がへらへらと手を振りながら近づいてきた。ごめんねーなどと軽薄に謝りながら、のっぽ氏は眼鏡氏の隣の席に腰を下ろした。
いつものように、眼鏡氏がのっぽ氏に詰め寄る。俺は、いつもであれば間に入るものの、本日は虫の居所が悪いのでポテトをつまみつつ観察することにした。たまには趣向を変えていこう。
時間にルーズなのっぽ氏を、時間に厳しい眼鏡氏がなじる。すると、のっぽ氏は両手を顔の前に挙げて眼鏡氏の勢いを押しとどめようとした。そして口を開く。

「予定というのは、通常が存続するという前提のもとに成立するわけであって。不慮の事態が生じた場合には、前提そのものが崩壊する。つまり、こうなるはずだという見通しを立てるには、現状が維持されるという認識を相手と共有することが必要であって――」

 眼鏡氏の目が冷ややかに細めれられた。

「で、どうして遅刻したんだ?」

笑顔を貼り付けたまま、のっぽ氏の動きが停まる。

「……」
「……」
「……」

 やがて、意を決したように、のっぽ氏は重々しい沈黙を押し分けた。

「寝坊、です」
「あんだけ勿体ぶっておきながらそれかよ!」

 眼鏡氏がのっぽ氏の胸倉を掴んだ。やめてぇーたすけてーなどという情けない声が聞こえてくるような気がするが、俺には何も聞こえない。
瞼を落とし、俺はウーロン茶のストローを噛む。視界が暗闇に満ちると、ほんの少しだけ、己の頬が緩んでいることに気がついた。


(あぁ、なんだ。きちんと笑えているじゃないか)


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まちあわせ-
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作者/さきは

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