「悲しいのかい?」

 と、旅人が訊いた。

「君がいなければ風は生まれない。君がいなければ雲は生まれない。君がいなければ種は芽吹かない。君がいなければ果実は実らない。君がいなければ光はもたらされない。君がいなければあたたかさはもたらされない」

 そこは砂漠と呼ばれる土地だった。細かな砂が丘をつくり、風に波立ち、零れ落ちてゆく。
 全身を布で覆った旅人は空を仰ぎ、透明にゆらめく陽炎にその身を浴したまま、天に燃え盛る球体に声を投げた。

「偉大なる光輝、不断の焔。繁栄の源、絶対の力。その君臨こそ、至高」

 灼熱の大地に刻まれた風紋は絶えずそのかたちを変える。灼熱の大地に沈む陽炎は絶えず砂原を歪ませる。
 干上がった大地に、枯れた大地に、絶えず注がれるは力強い日射の光。

「君を仰ぐものは君に肯定を捧げる。それが悲しいのかい? それとも、君のいとおしんだものが君によって焼き尽くされてゆくことが悲しいのかい?」

 球体は沈黙を保ったまま天にて燃え盛る。

「愚問だった」

 不意に、旅人の声に失笑が過ぎった。

「君は何かを与えているわけではない。ましてや何かを奪っているわけでもない。君は君の在り様のままに在るだけであって、別段、何かのために存在しているわけではない」

 砂丘を撫でる風に、細かな砂の粒子が舞い上がる。

「やがて君は終わりを迎えるのかもしれない。その頃には私もこの大地も君の一部となっているだろう。膨張し肥大化するままに星を呑み、緩慢に燃え尽きてゆく君を見届けるものが存在するのかどうかは判らないけれど」

 天に静止する天体を見つめて、旅人は目を眇めた。

「すべてを呑みこんだとしても、君はそこに君臨し続けなければならない」

 燃え盛る天体は太陽と呼ばれるものだった。砂漠に光と熱とを降り注ぎながら、ただひとつ、太陽は空虚たる中空に君臨していた。
 太陽の熱に大地は灼かれ、透きとおったゆらめきが世界を覆う。ゆらめきの中から天を仰ぐ旅人の目に映っていた燃え盛ることをやめられない球体が、一瞬だけ、滴り落ちそうに歪み、砂漠に零れた。



太陽が泣いた日
(君がそれを望まなくても、誰に望まれることがなくても、それでも――)


海月の骨さま提出
お題/太陽が泣いた日
作者/さきは(片足靴屋/Leith bhrogan)

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