そこは闇に満ちていた。
 次元の挟間、暗黒の雷電が這い踊る暗雲に閉ざされた不毛の荒野に突如現れる堅牢な城。光すら直進を許されずに歪んだ末の闇に彩られたその城こそが、世界に恐怖をもたらす魔族の王の居城。
 魔王の城の謁見の間。漆黒を結晶化させたような岩が造る高みの玉座。そこに座るひとがたをした魔が、扉を開けて現れた闖入者を睥睨する。
 故郷の村を旅立ち、多くの仲間と出会い、数々の困難を乗り越えて次元の挟間の城に辿り着き、仲間の犠牲の上に魔王の前に立つ闖入者――世界を救うであろう勇者は、幅広の剣を掲げてその切っ先を魔王に向けた。

「貴様を倒す!」

 ゆったりと魔王は立ち上がった。

「戯言を」

 ここまでの戦いにおいてぼろぼろになった装備を纏いながらも強い目で射抜いてくる勇者に、魔王は愉しげに笑む。
 世界に恐怖をもたらす魔王と世界の平和を勝ち取りにきた勇者がここに対峙した。
 そして、暗黒の雷と氷の剣が乱舞する謁見の間の扉の外。つまり、最終決戦の舞台裏。死闘を繰り広げる勇者と魔王の姿を扉の隙間から覗きながら、魔王の配下の魔族Aが呟く。

「話が違うぞ。勇者の武器属性は炎ではなかったのか?」

 その傍らで眉をひそめるのは勇者パーティーの魔術師。

「そっちこそ話が違かったじゃないですか。謁見の間までの近道の地図、邪竜の巣を横切るくらいなら正規ルートでダンジョン攻略した方が安全でしたよ」

 魔術師の背後でドワーフ族がぼやく。

「泉にある宝箱には完全回復アイテムを入れておくって言ってたよな。入ってたのが魔力回復アイテムだったおかげで体力が底を尽いちまったじゃねーか」
「誰が出会う魔族を片っ端から消し炭にしろと申しましたかねぇ」

 引き攣った笑みをもってにこやかに返す魔族Bの傍らでは踊り子が竜人に食ってかかっていた。

「あたしとゆーしゃをふたりきりにしてくれるってやくそくしたじゃない」
「報酬が貴様の手作りクッキーでそんな真似できるか!」
「我が魔王の座を得る絶好の機会が…」
「勇者のあのイビキから逃れられない限り、私に安眠は訪れないというのに」
「もう街の民家の棚を勝手に漁るようなことはしたくないんだよ!」
「魔族四天王が消えれば、僕が魔王様の側近になれるかもしれない」
「どうしてゆうしゃをまおうとたたかわせたのよ。じゃまなのはあのふたりよ!」
「剣振り回そうが魔術炸裂させようがかまわないが、毎度毎度修繕する者のことを思いやってほしいものだ、我が王よ。ゴーレムなど時に建材となっているというのに」

 勇者を謁見の間に到達させるために身を呈した勇者の仲間と勇者一行の前に立ちはだかった魔王の配下の密通暴露な会話は、昂る感情を抑えきれなくなるにつれて大きくなってゆく。
 ゆえに。
 訪れたのは静寂。
 扉を開け放つ勇者と、その後方に立つ魔王。

「おまえら」

 遂に、勇者の仲間と魔王の配下は、陥れようとしていた対象に――少しだけ一部違うが――その陰謀を気づかれた。

「まぁ、俺もそんなにできた人間ではないことは認めよう」

 剣で軽く肩を叩きながら勇者が笑った。

「上司たるもの、部下に不満を抱かれるは必然のようなもの」

 唇にゆるい弧を描かせながら、魔王が足を踏み出した。

「しかし、だ。流石の俺でも許せることと許せないことがある」

 す、と、剣を掲げる勇者の目が細められて。

「よい機会だ」

 勇者の傍らで魔王が歩みを停める。魔王が伸ばした右腕の指先で、ぱちり、と、雷のように纏わりつく魔力が爆ぜた。
 そして。

「「てめーらまとめてかかってきやがれ!」」

 勇者と魔王の声が重なった。



形成逆転
(味方は誰で、敵は何処?)



 世界を恐怖で支配した魔王と、その魔王を倒す旅を続けていた勇者。彼らは次元の狭間に浮遊する魔王の城にて対峙したとされる。断定ができないのは、この二者の戦いは壮絶を極め、結果として空間そのものを破裂させ、証人が存在しないためであり、勇者のパーティーも魔王の配下も、勇者そのひとも魔王そのものも、その行方は杳として知れないからだ。
しかし、私たちはその戦いの結果ならば得ることができる。
なぜなら、世界には平和が訪れたのだから。

〜完〜


『こども冒険大百科 氷の剣の勇者の伝説 次元城編』



ドリーマンの法則さま提出
お題/形成逆転
作者/さきは(片足靴屋/Leith bhrogan)

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