世界は真っ白だった。
目の前に広がる景色は限りなく白く、果てが見えない。
まるで「あの世」の光景のような。
小さく声が聞こえてきた。小さな子供の笑い声。頭の両端に髪飾りを付けて、結っている小さな女の子が目の前を駆け抜ける。腕が振られるたびに何か糸のようなものがちらつく。糸を辿るとその後ろから、少女を追いかけてきた男の子に繋がっているように見えた。
『あははは!にいちゃん!こっちこっち』
『神楽!危ないって!転ぶ!』
ああ。あれは、幼いころの俺と神楽。ならば、これは夢か。ぼんやりの二人の子供たちを見ていると、ふいに神楽が盛大にすっころんだ。あ、と固まる幼い神威。むくりと神楽は起き上がるが、ぶわっと涙を溢れさせた。
『うわあああああ』
『だから言っただろー』
二人の幼い子供の様子に湧き上がるのは懐かしさや温かな気持ちなど皆無だった。こんな光景など見たくもない。怒りと憎しみがふつふつと込み上げる。反吐が出る。
子供たちはぴたりと動かなくなった。こちらに気が付いたわけでない。ビデオが静止したように動きを止めた。泣く神楽と妹の元に駆け寄る幼少の頃の俺。よくよく見ると互いの腕と腕に一本の赤い糸のようなものが繋がっていた。
ぶつん、と忽然と二人の幼い兄妹は消えた。そして、また遠くから聞こえる神楽の笑い声。走って、転んで、駆け付けて、止まり、再び消える。同じ場面を何度も何度も再生する壊れたビデオのようだ。
踵を返して去ればいいものの、何故かずっと二人を見つめ苛立ちが募っていくのを黙って耐えていた。何度目かの子供たちの静止。やけに目を引く、二人の手首の間を結ぶ赤い糸。糸に対して猛烈な嫌悪と煩わしさを覚え、断ち切りたくて堪らなくなった。右手にずしりと硬い金属の感触を握っている感触が現れる。鋏だった。試に開いたり閉じたりすると、しゃきん、しゃきん、しゃきんと切れ味の良い音を立てた。
兄妹は動きを止めたままだ。夢の中だからか、地を踏んでいる感触は曖昧だったが、構わず二人に向かって歩みを速める。二人は姿を消した。そして、また笑い声を聞こえたかと思うと、すぐ俺の足元で神楽が転び、幼い俺が駆け付け、動きは停止した。糸を鋏の刃と刃の間にし、構える。あとは閉じれば良いだけ。簡単な動作だ。しかし、何故か米神から頬に汗が滴り落ち、構える手が震え始めた。何故だ。何故、躊躇する必要がある?とても。とても、嫌な感じだ。不快だ。がちりと歯を食いしばった。
「ねえ、」
声変わり前の、かつての己の声。
「本当に、それでいいの?」
そいつと目が合うとがくんと体のバランスが崩れ、途端に意識が薄れる。
(落ち―「置いてかないで!にいちゃん!!」
がつんと床に頭を打った痛みで目を覚ました。
「何してんだ、団長。寝相が悪くてベッドから落ちるなんてどこの漫画だよ?」
「…うるさいなあ。それにしても阿伏兎は変態だね。静かに部屋に入って男の寝相を見るのが趣味なの?俺が美しいばかりにそんな気を起こさせてしまっているの?」
「あんたはバカなの?今ので脳が更にいかれたんだな。ささっとベッドじゃない、床から起き上がって下さい。そんなに名残惜しい夢なのかい?」
右手を見た。持っていないはずなのにあの鋏の嫌な感触が残っているようだった。
「…………いや、不愉快な夢だね」
心臓を鷲掴みにされるような。
そんな、夢。