いつからだろうか、クロム様の本当の笑顔を見なくなったのは。










ありがとう









いつからだろうか。なんて言ったものの、本当は分かっていた。
クロム様が心の底からの笑顔を見せなくなったのは、あの時から。



突然ルフレさんと付き合っていると宣言したあの日。
ルフレさんが実は女性だったと告白され、結婚するつもりだと告げられた。







「クロム様!」


周囲の戸惑いと、祝福の声で騒然となっている中、私は声を荒らげた。




「ルフレさんが女性なのは構いません。交際も良いでしょう。しかし…結婚はいけません」




クロム様は聖王の血を継ぐお方。
ルフレさんが悪い方ではない事は私も分かっています。

それでも、彼は…いや、彼女は。
記憶喪失で行き倒れていた、素性も知らぬ人間。


私はクロム様にお仕えする身として、そんな方との結婚をすんなり「おめでとうございます」と祝福する訳にはいかなかった。




「ルフレさんは、聖王たる貴方に相応しい身分の方だとは思えません」
「フレデリク!」
「クロム様。貴方はこの国を、国民を背負うお方。どうしてもルフレさんをと言うならば、妾として迎えれば良いではないですか」




その言葉にクロム様は怒りを宿した瞳で私を見つめた。
それでも、私は引かなかった。
それがクロム様とこの国の幸せの為だと思ったから。















そして、数日後二人はあっさりと別れた。
あの交際宣言が嘘の様に、二人は顔を合わせた時に挨拶を交わすだけの関係になった。


それは私が常に二人に目を光らせていたから。
二人きりで会うことがないように。


一般兵まで巻き込んで、クロム様とルフレさんが二人で会っているのを見かけたらすぐに報告しろと命を出した。



それもこれもこの国を思っての事。
クロム様を思っての事。


神経質すぎるほど二人を見つめて、他の仲間にやりすぎだと諫められて。


それでも私は二人の関係を認めなかった。




私や仲間の心配をよそに、二人はあっさりとしたものだった。

仕事の話をする、挨拶を交わす。
あの時の事が嘘の様に、二人はそれ以上の付き合いをしなかった。






やはり私は間違っていなかったのだと思った。
きっと、二人とも気の迷いだったのだろう。

そもそも私が何かしなくても、すぐに別れていたのかもしれない。

そう思わせるほど、お互いに未練などを欠片も見せなかった。








それからしばらく経って、ルフレさんは城を出て行く事になった。

それを知っているのは私だけ。
クロム様にも黙って出て行く彼女を見送るのも、勿論私だけだ。



「ごめんね、フレデリク。迷惑ばかりかけて」
「…………」
「そんな顔しないでよ。僕はさ、フレデリクは正しかったと思ってる。最近さ、僕の父に会ったんだ」


出ていくルフレさんに私が何か言える訳もなく、ただ見つめる事しか出来ない。



「フレデリクが言っていたように、僕は聖王の血を汚す存在だったよ。あの時何も知らないまま結婚して、子供まで出来ていたら…。取り返しのつかない事になっていた」



いつものようににっこりと笑って、ルフレさんは続けた。




「ありがとう、フレデリク」





こんな時にまで、恨み言の一つも言わず、クロム様に別れの言葉を告げられず。


言い様のない感情が私を包んだけれど、手を振り、去っていく彼女に最後まで何の言葉もかけられなかった。















それから数年が経った。
国王が変わったせいか、隣国との関係も表面上は良好で、前のように戦場に出ることも減り、平和な日々が続いた。



私はクロム様に頻繁に見合いを組んだ。
一国の姫、大貴族の娘。
どなたも聖王クロム様に相応しい方々ばかりを選んだ。



クロム様がそのどなたを選ぶ事もしなかったが。




ルフレさんがいなくなった事について、クロム様は何も仰らなかった。
穏やかな毎日ではあったが、あの日からクロム様が本当の笑顔を見せる事は無くなったなんて、誰でも知っている事だ。











そんなある日、クロム様が城からいなくなった。

出ていくのを見ていた兵士の情報で、私はクロム様を探しに深い森に足を踏み入れた。


昨日まで続いていた雨のせいで足場は悪かったが、そのおかげで、クロム様の物と思われる足跡を辿る事もでき、闇雲に森の中を進む事態は免れた。





しばらく歩いていると、森の最も深い場所に小さな小屋を見つけた。



森の精霊がいるとしたらこんなところだろうかと思うほど、光が差し込み、一つのステンドグラスを見ているような、綺麗な場所だった。






その小屋の背の低い扉を開けると、ギイィと音が響いた。

そこに、クロム様はいた。
床に座り込み、何かを抱いているように見える。





「クロム様…」


扉を開ける音が、あれだけ大きく響いていたのに、クロム様は私に初めて気付いたようだった。




「フレデリクか」
「ルフレさん…?」



クロム様が抱いていたのは、ルフレさんの身体だった。
しかし、ルフレさんの首は大きく切り裂かれていて、既に息絶えている事は容易に想像出来た。



何者かに襲われたのか、それとも自害か。
どちらにせよ、その表情は穏やかなものだ。




「どうしてだろうな」



呟くようにクロム様が口を開いた。
常に堂々として、私たちを引っ張ってきたいつものクロム様とは思えないほど、小さな小さな声だったが、この小屋ではそれがやけに響いた。





「ルフレが城からいなくなった時、所在すら知らなかった。探す事さえしなかった」




それはきっと私の目を気にしていたからだろう。




「それでも、俺は普通に生きていて、忘れる事は出来なくても、ルフレがこの世界のどこかで生きているのならそれでいい。…そう思っていた」




愛しそうにルフレさんの髪を撫でながら、クロム様は独り言のように続ける。




「突然ルフレに呼ばれたような気がした。導かれるように真っ直ぐここに向かっていた」




この時、私は何て事をしてしまったのかと酷い後悔と罪悪感に襲われた。





「こんな近くにいたのに、どうして会えなかったのか。どうして最期の言葉さえ聞けなかったのか」




この方にとって、ルフレさんを失う絶望がどれほどのものか分かりもせずに、国の為、クロム様の為と独りよがりな正義を押し付けていた。





脱け殻のように力無く呟いていたクロム様が不意に顔を上げ、私を見つめた。




「お前に最後の命令だ」
「何を…」
「みんなに伝えたい言葉がある」


いつものように力強い声に、背筋が伸び、緊張感が走る。




「俺は聖王に相応しい人間じゃない。それでも、頼みたい。…ああ、そうだな。これは命令じゃない。最後の頼みだ」




まるでルフレさんと相談するように、確認するように優しく、力強く言葉を続ける。
ルフレさんの身体を持ち上げ、側にある小さなベッドに横たえる。





「フレデリク、みんなに伝えてほしい。国を捨て、国民を捨て、一人の女の後を追う愚かな俺を許してくれと」
「そんな…っ」




「本当にすまない。だけど、俺はイーリスを愛していると。これは、俺と……ルフレの言葉だ」







燃えている暖炉の薪を一つ持ち、徐に地面に落とす。

元から油でもまいていたのか、火の手が一気に上がった。




「なっ…!クロム様!!」


手を伸ばすが、燃え盛る炎と煙に阻まれる。


煙によってげほげほと咳き込み、クロム様の姿も見えなくなる。


外へ出て水を汲み、早く消火しなければと、扉を開けた。



もう一度クロム様の方を振り向くと、炎の間からその姿が見えた。




もう何年も見ていなかった、以前のような心の底からの笑顔で私を見つめていた。


「すまない、フレデリク。お前の理想の聖王にはなれなかった。でも、そんな俺に最後までついてきてくれて…」



最後の言葉は聞こえなかった。



外へ出て、私はその小屋が燃え尽きるのを眺めていた。


水を汲み、消火すれば間に合ったのかもしれない。

しかし、出来なかった。
放っておけばそのまま森の木々へと燃え移る可能性だってあったのに。



不思議な事に、その炎は燃え広がる事もなく、小屋だけを燃やしていた。






クロム様が最後に言った言葉を私は知っている。
ルフレさんが去っていく時、今もまだ目に焼き付いて離れない、あの時のルフレさんと同じ笑顔、同じ唇の動きをしていた。










私は何て事をしてしまったのか。
引き裂くべきでななかった二人を引き裂き、大事な友人と主君を失った。


あの日から今まで、どれだけ二人に辛い思いをさせてしまっていたのか。



想像すら出来ない苦痛を、私が与えた。

それなのに、二人は最後まで私に笑いかけてくれた。



どんなに泣いても、後悔してももう遅い。
私に出来る償いは、この炎を消さず、ただ見守る事だけだった。
























その後、ようやく鎮火した小屋の中をどれだけ探しても二人は見つからなかった。












▽▽▽
なんか、書きたかったのと違う。
実はルフレな死んだフリしてて、クロムと二人でどうにかして裏から逃げてて、そのまま誰も知らない場所で幸せに暮らしましたとさ。


っつーのでもいいと思いますがどうでしょう。

なんにせよ文章つーのは難しいですねー。
こんな文章を読んで下さった方ありがとうございます!




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