壊れてしまうのが先か、壊してしまうのが先か。


どちらでも幸せなのだろうと思う俺は、既に壊れてしまっているのだろう。


















壊れて壊して壊されて



























「くそっ…」




見たくも無かった光景を目の当たりにして、思わず悪態が口をつく。


まただ。
ルフレと楽し気に話す男。

格好から察するに、行商人か何かだろうか。



別にルフレを口説いている訳じゃない。
寧ろ女だと認識すらしていないだろう。

それでも、俺はその光景を不快に思ってしまう。



ルフレの楽しそうな表情。
それに笑いかける男。




黒くて汚い感情が俺の中でぐるぐると渦巻く。

気持ちが悪い。吐き気さえする。
こんな汚い感情を俺は恋と呼ぶのだから救えない。


それはまるで呪いのように俺を蝕んでいく。





痛くて苦しい。





こんな呪いから、早く抜け出して楽になりたい。




どうすれば楽になる?






無理矢理ルフレを組み敷くか?
ルフレに近付く男を殺すか?
いっそルフレ自身を殺してしまえばいいかもしれない。







気づけば俺はそんな事を考えるようになっていた。





















「クロム!」



夕食を食べ終わり、かといって寝付けそうにもなかったので、星でも見に行くかと部屋を出た。
するとルフレに呼び止められ、小さく舌打ちをする。




「ルフレか、どうした?」




出来るだけ平静を保って話をする。
本当は早くこの場を去りたい。


今すぐ組み敷いてやろうかと思う、汚い感情を押し殺して、俺はルフレに笑いかけていた。


















その笑顔が固まるのは話し始めて少ししてからだった。

ルフレが少し照れたように笑いながら放った言葉は、表面張力いっぱいの俺の感情に、一滴の雫を落とした。








「あのね、ソールにプレゼントを買ってあげたいと思うんだけど…」









大した会話じゃない。
ルフレがソールに気があるなんて思ってもいない。

それでも、俺の感情は溢れだした。


ルフレの口から他の男の名前が出たことに。
俺以外の男の事を考えていることに。








「立ち話もなんだから、部屋に入らないか?」


俺の中の何かが壊れる音がした。












































「クロム、どうしたの………?」




部屋に入るなり、ルフレをベッドへ突き飛ばした。
目を見開いて俺を見る表情には、少しの恐怖が窺える。





「クロム、大丈夫?どうかしたの?」




それでも、心配そうに見つめるルフレに笑いが込み上げる。
これほどまでに俺は信頼されているのかと。
きっと、俺がルフレを傷付けるなんて微塵も思っていないんだろうな。




これでその絶大な信頼を失っても、別にいい。



一度組み敷いて、俺が飽きるならそれでいいし、もし、更にこの汚い感情が膨れ上がるのならば、手足の自由を奪って、猿轡をはめて、監禁してでも俺の側に置いておく。







他に方法なんか思い付かなかった。


今、こいつが欲しくて仕方がない。



ルフレを壊さなければ、俺が壊れてしまう。
俺が壊れてしまえば、ルフレを壊してしまう。



どうせなら二人で壊れよう。
そんな身勝手な想いで、俺はルフレをそのままベッドへ押し倒した。

























「僕を…どうしたいの?」



最初こそ驚いた顔をして俺を見詰めていたルフレは抵抗もせず、なすがままに押し倒されて、ようやく口を開いた。

その声に、首筋に口付ける手前で俺は動きを止めた。





抵抗すれば殴ってでも黙らせようと思っていた。
舌を噛みきろうとすれば、口の中に指でも突っ込もうと思っていた。



しかし、ルフレの声は冷静そのものだ。
恐怖も絶望も失望も、何もない。



「クロム、答えて」
「壊したい…」
「僕を…壊したいの?」




からからに渇いた喉からは、掠れた声しか出ない。





「いや、壊れたいのかもしれない」
「壊れたい?どうして?」




どうして?
そんなの決まっている。

だが、言った所で何の意味もない。
俺でさえもて余す、この汚い感情をルフレが受け止められる訳もない。




「答えて、クロム」



ルフレは両腕で俺を顔を優しく撫でる。


今から俺が何をしようかとしているのか分からないほどルフレは子供じゃない。


全てを理解して、俺を許そうとしてくれているのだろうか。





「答えて。僕をどう壊したいの?犯したい?傷つけたい?殺したい?」



その声はどこまでも優しくて、穏やかだ。





「どうして壊したいの?どうして壊れたいの?」








ああ、泣いてしまいそうだ。























「俺は…」



自分のものだと思えないほど掠れた声で。






「壊したいほど…………壊れてしまうほど…」





憎悪のようなその感情を。



























「お前の事が好きだ…っ」






呪いの言葉を吐くように、お前にぶつける。




















「……………え?」









唐突に、ルフレが間抜けな声を出した。




「え?あ、その……………は?」




俺の頬から離れた腕は、今度はルフレ自身の頬を挟んでいる。

血が登るのが見て分かるように、真っ赤に染まるルフレの顔を見て、俺も気付く。





「は?」




眉間に皺を寄せて、ルフレを睨み付けるような形になってしまった。




「や、待って。ごめん、怒らないで。さっきまでの雰囲気をぶち壊した自覚はあるから…」





間違いなくこいつは照れている。
あんな呪いのように吐き出した言葉に。






「え、だって。今………え?」
「待て…落ち着け」
「落ち着けったって…。だって…今、その………」






ゆでダコのように真っ赤になりながら、小さく小さく呟く。




「好きだって…………」





やめろ。
こっちが恥ずかしくなる。

なんだ、この反応。
予想外過ぎるにも程がある。




「その、あのね………どうしよう」





どうしようはこっちの台詞だ。
どうするんだ、この体勢。
取り敢えず、一旦座ろう。



跨いでいたルフレから離れようと身体を起こすそうとすると、突然引き寄せられた。


そして、俺の耳元でルフレが囁く。









「どうしよう、クロム…。僕…すっごく嬉しい…」
「…………………は?」





今度は俺が間抜けな声を出す羽目になった。























「だって!最近クロムの僕に対する何かがおかしいから!僕はきっと嫌われたんだと思って!」




俺がルフレを避けていただとか、声を掛けたら嫌そうにしただとか。
何故かそんな事を鼻息荒く説明されている。







「もっと早く言ってくれればいいのに!」




と、そこでやけに声が小さくなって、顔も赤くなる。






「好きなら好きって…」








俺だって言いたかった。
普通の恋心なら迷わず言った。


だけど、あんなどす黒い感情を好きな女に簡単にぶつけられるか、普通?

それでこっちはアホみたいに悩んで悩んで悩んで、抱えきれなくなって溢れて、そしたらこれだ。

本当にアホだろ、俺。






そんな事を言ったら、ルフレに頭を叩かれた。




「あのね、壊したいほど好きなのも、壊れそうなほど好きなのもお互い様なの」
「そうか………ん!?」
「僕だって、クロムの事好きなのに!君だけ好きみたいな!」
「待て。…今、何て?」
「だから、僕もクロムの事が好きだ…って………」





ようやく自分の言ってる事を理解したのだろう、真っ赤になりながら、顔を両手で覆った。
















「なんか………俺はどうすればいいんだ…」
「僕と幸せになればいいんだよ!」
「いや、俺でさえ引くほどの嫉妬深さだぞ、俺は」
「だいじょーぶ!」
「お前と話してるだけの男に本気で殺意を燃やすような男だぞ、俺は」
「本当に殺しちゃ困るけどさ、そこはほら、英雄王の末裔として。」
「英雄王の末裔じゃなけりゃいいのか、殺して」
「あ、やっぱダメ。僕、君に殺された人に嫉妬するから」
「は!?」




何を言い出すんだこいつは。






「僕だって君に殺されたいのに、他の人ばっかり…。ズルいよ!」
「ん……?」
「だから気にしなくていいんだよ」





お前は少し気にしろ。
俺も頭おかしいと思うが、お前も大概だぞ。








「君が壊さなくても、僕だってもう壊れちゃってるんだよ」











俺の手をとって、自分の首へと運ぶ。
首を絞めろと言わんばかりに。








「壊れて壊して壊されて…。そうして崩れ落ちた足りない部分を、二人で補い合っていこうよ。これからずっと…」





うっとりと目を閉じるルフレを見て、ああ、俺と同じだと、そう思った。


























「どうせだし、さっきの続きするか」
「…………っ!絶対イヤ!」











▽▽▽
クロム暴走、そして告白。
こんなんじゃなかったー!ま、いいか。

頭おかしい奴ら同士の会話なんて、こんなもん。




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