「彼女さんへのプレゼントですか?きっと喜ぶと思いますよ」
この店員さんの一言に押されて、僕はそのクマのぬいぐるみを抱き上げた。
クマ
フレデリクにコーヒー豆の買い物を頼まれたので、先に欲しかった本を買いに本屋に寄って、その帰りに渡された地図を見ながらそのコーヒー屋さんに来ていた。
店内は賑やかで、コーヒーだけではなく、ケーキやクッキー、アイスクリームなんかも売られている。
取り敢えず指定されていたコーヒー豆を店員さんに頼んで、少し店内を見渡した。
そこで目を引いたのが、数種類のクマのぬいぐるみ。
コーヒーというよりミルクティーの色をした、その中で一番大きなぬいぐるみが一番可愛かった。
「これ、いいなぁー…」
「どうぞお客様。手に取られて大丈夫ですよ」
商品を準備し終えたらしい店員さんに声を掛けられて、ちょっと驚いた。
近付いて来る人にも気付かないほど夢中になって、このぬいぐるみを見ていたんだと思うと少し恥ずかしい。
「あはは…」
「彼女さんへのプレゼントですか?きっと喜ぶと思いますよ」
「いや…彼女って訳ではないんだけど…」
店員さんの言葉に甘えてそのクマのぬいぐるみに触れてみると、見た目通りふわふわで、更に可愛く思える。
展示されている商品だからと、気を使って優しく抱き上げたそれは、そのままむぎゅりと抱き締めたくなるほど愛しい。
「これって…一目惚れってやつかな?」
そう店員さんに尋ねると、くすくすと笑われてしまった。
それから少しして、僕は走っていた。
右手には欲しかった本とフレデリクに頼まれたコーヒー豆を。
左手にはラッピングされた青い袋を、胸元に抱えて。
「せっかくいい買い物したのになー…」
何故か僕が外に出た途端雨がザーザー降ってきて、店内で雨宿りしたものの、止む気配がないものだから、少しだけ雨足が弱まった隙を狙って僕は走った。
本はあるし、コーヒー豆が入っている袋も紙袋だし、このぬいぐるみだけは絶対に濡らしたくないしで、城に戻る頃には僕は足の先まで濡れていた。
「おや、ルフレさん。そんなに濡れて。すみません、私が買い物なんかを頼んだばかりに…」
「ううん。逆にありがとう、フレデリク。お陰でいい買い物が出来たよ!」
「そうですか。その大きなラッピングの袋ですね?」
「そう!あと、この本もいい本だよ。巨人が人間を食べちゃう話でね。この世界の人間は巨人の驚異から身を守る為に高い高い壁の中で生活してるんだ!」
「はいはい。だけど、まずは先に着替えて来なさい。風邪をひいてしまいますよ」
「そうするよ。はい、これコーヒー豆」
フレデリクに若干ふやけた紙袋を渡すと、買い物に行ってくれたお礼にこのコーヒーを一番に淹れて飲ませてくれると約束して、僕は意気揚々と部屋へ向かった。。
フレデリクに淹れてもらったコーヒーを堪能して、更に今日買った本の話もして、身体も心も温まった。
雨の中走った疲れもあるし、そのままベッドに倒れ込みたい気持ちを抑えて、僕は先程のラッピングの袋を持って、自分の部屋を通り過ぎた。
一つの部屋で立ち止まり、袋を隠すように後ろ手に持って、コンコンと部屋のドアをノックする。
「クロム、僕だよ」
「ルフレか。入っていいぞ」
「お邪魔しまーす」
調度着替え終わったばかりなのか、欠伸をしながら、部屋着の前のボタンを留めていた。
今さりげなく腹筋見えたけどいい感じに割れてたぞ。羨ましいなー。触りたいなー。
なんて、セクハラまがいの事を考えていると、ボタンを留め終わったクロムと目が合った。
「どうしたんだ?」
「いや、いい身体だなぁ、と」
「……」
盛大にため息を吐いたね、今。
それを今から感嘆の吐息に変えてみせるよ!
「じゃじゃーん!」
「うぉっ!?」
「あ、ごめん…」
しまった…。袋を勢いよくクロムの顔に押し当ててしまった…。
でもね、きっと喜んでくれると思うんだ。
「クロム。今日僕、街まで出掛けて来たんだ。それで、そのお土産」
「こんなデカい物をか?何なんだ?」
「開けてみてよ」
「ああ…」
がさがさとラッピングを解いていく姿にニヤニヤが止まらない。
クロムが袋の中に手を入れて中身を取り出す。
「え…?」
「じゃーん!くまのルーくんでーす!」
「ん…?」
ぬいぐるみと僕を交互に見比べて目を丸くしているクロムが可愛い。
今の君、ルーくんそっくりだよ。
「何だ、ルーくんって…」
「ルフレのルーくん」
「は?」
「だーかーらー。ルーくん」
「ちょっと待て」
暫く眉間を押さえて考え込んだクロムがようやく顔を上げて、手に持ったぬいぐるみを指差した。
「これが、……ルーくん?」
「うん」
「…で?」
「君にあげる」
「…………ん?」
「毎晩添い寝して」
「…………はっ!?」
クロムと見つめ合っていたルーくんもクロムの手によってばっと、振り向き、僕と目が合う。
やっぱ可愛いなぁ。
「いや待て、ルフレ。なんで俺がこのクマと寝るんだ…」
「ルーくんをね、僕だと思って…ね?」
「なんでこのクマをお前だと思うんだ…」
「ホントはね、僕が君に添い寝して欲しいんだよ!でも君、してくれないじゃないか!」
「出来る訳あるか!」
「だから、そのルーくんを毎晩僕だと思って添い寝してくれればいいんだ」
「いや、だからなんで…」
「それで、ルーくんたまに僕に貸してよ」
「最初からお前が持ってればいいだろ」
もー…。クロムは何も分かってないなー…。
つまり、僕が言いたい事はこうだ。
僕はクロムに添い寝して欲しい。
クロムは僕に添い寝出来ない。
だから、代わりに毎日ルーくんを僕だと思ってクロムが添い寝してあげる。
ルーくんにクロムの匂いが移る。
僕がルーくんを借りる。
クロムの匂いが移ったルーくんを抱いて眠る。
間接的にクロムに添い寝してもらった事になる。
「という事なんだけど!どうかな!!」
「………」
さっきより大きな息を吐いたけど、それは僕の考えに感心して出た、感嘆の吐息って事で良いんだよね?
「無理だ」
「え、どうして…」
「大の男がクマを抱いて寝られるか」
「抱かなくていいんだよ。そのだだっ広いベッドの隅に置いていてくれるだけで!」
「同じだ!」
「そんな…」
まさか断られるなんて考えていなかった僕は、頭をガツンと殴られたかのような衝撃を受ける。
こんなに可愛いんだから、クロムも喜んで添い寝してくれると思ったのに…。
店員さんもきっと喜んでくれるって言ってたのに…。
一目惚れだったのに…。
それとも何だ。
僕が、この可愛すぎるほど可愛いルーくんに、全く似ても似つかないとでも言いたいのか、君は!
確かに僕は可愛さなんて無いかもしれない。
だけど、仮にも女の子の僕に向かってそれはないんじゃないかい!?
あぁ…。どうしてだよ、クロム。
僕の事嫌いなのか…?
悲しみに打ちひしがれていると、クロムが僕の方にぽんと優しく手を置いた。
「……………」
「ほっといてくれよ、クロム」
「……………………」
「どうせ僕の事なんてどうでもいいんだろ!」
「……………………………」
「何とか言ってくれよ!」
「…………………………やる」
「え?」
「ベッドの隅に置いておくだけでいいんだな…?」
「…っ!!うん!ありがとうクロム!大好きだ!」
クロムに抱き付いてルーくんはクロムにキスをして、ありがとうありがとうと騒いでいたら、頭上から長い長いため息が聞こえてきた。
それから時々クロムが僕にルーくんを渡すようになって。
ある時その現場をエメリナ様に見付かるのはもう少し先の事。
「あらあら、まあまあ」
「違うんだ!聞いてくれ!!姉さん!!」
「わーい。クロムの匂いー!くんくん」
「変態か!お前は!!」
「あらあらあら、まあまあまあ」
「待ってくれ!姉さんっ!!」
▽▽▽
クマを買ったのが嬉しくて勢いだけで書きました。すごく楽しかったです。
ちなみに、ルフレくんが買っていたのは進撃の巨人です。
僕も進撃の巨人買った帰りにクマを買いました。
それにしても、ルフレくんが変態になったのが大変遺憾です。
まぁ、クマをすごいテンションで買った私も通報されそうなほど変態でしたからね。忠実に再現されているんじゃないでしょうか。
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