特に本が好きなわけじゃないけれど内申稼ぎに委員会には入りたかったし、楽そうだからなんて舐めた理由で入った図書委員は昼休みや放課後のカウンター当番以外にも仕事があって少し面倒臭いなと思いながら説明を聞いていた。先生が仕事内容の説明をし終えたあとは、今度は生徒が学年、クラス、名前だけの自己紹介をする番だった。一年生からだったので比較的すぐに自分の番がまわってくる。前の生徒たちに倣うようにして手早く済ませれば、先生から「もう一人は休みか」と聞かれた。委員会は各クラスから男女一人ずつ選出する決まりになっているが、私のクラスの図書委員の男子は見かけていない。
はいと返事をする前に横から「いいえ」と声が聞こえてきた。思わず横を見る。今まで気づかなかったが男の子がそこにいた。視界の端にうつる彼の後ろに座る生徒でさえ驚いている。他の生徒たちも。その生徒たちを気に止めることなく、隣の男の子は自己紹介をした。
その年度最初の委員会の召集が行われた四月のある日。私が黒子テツヤを認識したのはこの日が最初だった。
驚異的な影の薄さは彼も自覚済みのようで、毎月一回ある委員会の召集やカウンター当番のときは私が探す前に黒子くんの方から声をかけてくれるようになった。成長期といえど線が細くまだ幼さを残す彼だけど、その見た目からは想像できないこともあった。
「バスケ部だったの?」
「声、大きいですよ。図書室です」
思わず大声で言ってしまったのは梅雨の間のみごとな五月晴れの日の昼休み、いつもより生徒が少ない図書室でカウンター当番をしていたときのこと。眉尻を下げながら言う黒子くんを見るとなおさら信じられなかった。
まだ三軍だけど精一杯やっていること。中学にあがる前に遠方へ行った友人といつか戦うと約束したこと。彼は少しずつ話していってくれた。
気がつけばカウンター当番のときには声を潜めながら少しずつバスケ部での話を聞くようになっていった。居残り練習するようになったこと。そこに一軍の一年生が加わったこと。その全部がいい話ではなかったし、時にはどう返せばいいかもわからない話もあった。バスケのことはよくわからないけれど、頑張っている黒子くんに相応の結果が返ってきてほしいと他人事ながらに思っていた。
だから学年が変わる少し前に彼から一軍に昇格したと聞いたときにはまた大きな声で驚いてしまった。前と同じように注意されたけれど、その顔は前とは違って少し緩んでいた。我ながら単純だとは思うけれど、その顔を見て黒子くんを好きになってしまった。
二年生にあがってから、私はまた図書委員に入った。一年生のときは希望者がいなかったから前期も後期も私と黒子くんで図書委員を勤めたからか愛着が沸いてしまったのだ。というのは表の事情で、黒子くんとはクラスが離れてしまったから図書委員でなら一緒になれる可能性が高いと踏んだのだ。読みは当たって、四月の召集のときに私に気づいた彼が声をかけてくれた。
「さすがにクラスは離れちゃったね」
「はい。カウンターが静かになりますね」
「黒子くんが驚かさなきゃ大声出さないよ」
そう言えば黒子くんはただ柔く笑った。
カウンター当番は一緒にできなくなってしまったけれど、黒子くんとはかなりの頻度で図書室で遭遇した。もともと本が好きというのは前に教えてくれたけれど、聞けばよく来ているようだった。常連の生徒はそこそこいるけれど黒子くんの図書カードが断トツで多かった。たくさん会えるのは嬉しかった。
何か話したくて、返却のときに本の内容を聞けば、彼は説明がうまいようで思わず話に入り込んでしまった。ちょうど気になるところで黒子くんが「ここから先は読んでください」と言うものだから、いつしか私も彼を追いかけるみたいに本を借りるようになっていた。昔やっていた映画みたいだといえば、その話が二転三転して別の本を勧められた。
別の希望者がいたので私は前期だけの図書委員だったけれど、黒子くんは後期も図書委員だった。最初は黒子くん目的で足しげく図書室に通っているけれど、おすすめされる本が増えるにつれて他にも楽しみは増えていった。私が本を勧めることもあった。そればかり話していた。ふと、一年前に話していたことをすっかり聞かなくなっていた。
「そういえば、バスケ部は最近どう? 結構前だけど始業式のときに表彰されてたよね」
「……彼らは強いですから」
そのときに黒子くんはどんな顔をしていたかよく覚えていない。私はそのとき彼がどういう意味でこう答えたのかすらわからずにいた。二学期が終わろうとする時期のことだった。
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bkm