私色に染め上げて


私より大きくて、優しい手が髪を梳く。ちらりと見上げた表情は柔らかい。


「きれいね」


目の前の彼はそう言って、指先で弄ぶ。なんだか恥ずかしくなって、ちょっと顔を伏せた。


「レオ姉のおかげだよ」
「そうかしら」
「教えてくれたの、レオ姉だもん」


レオ姉おすすめのシャンプーにトリートメント、洗い方や手入れのやり方。私よりずっと女らしい彼は、いろんなことに詳しくて、いつも私に教えてくれる。メイクのやり方も服の選び方も、全部。
名前とレオ姉って姉妹みたい。いつだったか、クラスメイトが私たちを見てそう言った。確かにレオ姉は頼りになるお姉さんみたいな存在で、あながち間違ってない。いやまあそもそもレオ姉は男なんだけどね。自分の性別疑うわ…。


「頑張ってるのは名前なんだから、アンタの努力の結果でしょ」
「そうかな」
「そうよ」


もっと自信持ちなさい。頭を撫でられて、嬉しくて、ふへっと変な声が出た。レオ姉に言われるともっと頑張ろうって思えるから不思議。


「ねえ名前」
「ん?」
「今度買い物行かない?新作のコスメがとっても可愛くって」


はしゃぐようにスマホを操作して画像を見せてくる。くそ、この女子力。


「ね?可愛いでしょ?」
「うん」
「名前に似合うと思うの」
「かな」


確かにこの色は可愛い。似合うかどうかは置いといて。どうせなら合いそうな服も見ましょうか。画像を見ながら楽しそうに笑う彼に頷いた。


「やあ玲央、こんなところにいたのかい」


突然声がして思わず肩が跳ねた。びっくりした。振り返ればそこに赤司くんがいた。


「教室にも食堂にもいないから探したよ」
「あら、ごめんなさい征ちゃん」
「いつもここで昼食を摂っているのかい?」
「ええ」
「そうか、覚えておこう」


ちらりと視線を向けられて、慌てて会釈する。赤司くんが後輩なのはわかってるけどどうも彼の雰囲気は緊張してしまう。


「すまない、少し部活の話があってね。玲央を借りていくよ」
「あ、は、はい、どうぞ」
「ごめんなさいね、名前。先に戻っていてちょうだい」


いってくるわね、と手を振られ、私もいってらっしゃいと振り返した。






「あれが噂の子かい?」


随分ご執着のようだね、前を歩く征ちゃんが僅かに視線を向けた。


「可愛いでしょう?」
「外見だけのものよりはな」


大して興味が無さそうに答えて、溜め息を吐いた。


「それで話って?あの子を見に来ただけなんてことはないでしょう?」
「ふ、まさか。一度見ておきたいとは思ったけれど」


これだよ、と資料を数枚手渡される。次の試合相手の情報らしい。


「よくそれを読んでおいてくれ」
「ええ、わかったわ」
「お前たちには期待しているよ」


勝利のためにね、まあるい猫目を細めて征ちゃんが言った。言われなくてもわかってるわよ。


「玲央」
「なあに?」
「彼女が取られないことを祈っているよ」
「あら。渡さないわよ、誰にも。例え征ちゃんでもね」
「取らないさ」


呆れたように肩を竦めて、征ちゃんは教室へと戻っていった。


ええそうよ。誰にも、あげない。少しずつ少しずつ、何も知らないあの子を、私のものにしていくんですもの。

私色に染め上げて


可哀想に。
誰にも聞かれることなく、一人呟く。
でも彼女は事実を知ってもおそらく、満更でもないのだろう。

まあ、僕には関係ないが。
2015.07.16
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