部活が終わった後どちらかの家にお邪魔するのはいつも通りのこと。今日で3日連続謙也さんの家に来ているというのも可笑しいことじゃない。ただ、今謙也さんが言った一言はいつも通りという訳にはいかなくて、俺はショックを隠せなかった。

「それ、本間ですか」
「おん、本間」

にこやかに返事をする謙也さんはどんな気持ちでそれを言ったんだろう。俺と同じ気持ち?こんな風に不安になって、今にも泣き出したいような気持ちになってんの?

「学年は違うんやけどな、テニスしてる姿がかっこよくて、って。なんか俺まで照れてしもてさ」

中学3年生の男子が後輩に告白された、なんて何処にでもあるような話でそれを可笑しいと言う方が可笑しいのかもしれない。同じクラスに部長が居るからモテないような扱いをされてるだけで謙也さんは普通にかっこいいし、そのうえテニス部レギュラーという肩書きがある彼を好きだと言う女の子が居たってなんら不思議ではない。そうは思っていても、謙也さんが告白されたというその事実は俺にとってあまりに重かった。

「…可愛かったんですか」
「え?ああ、まぁ可愛かったな。なんで?」
「いや、別に」
「もしかして焼き餅?ちゃんと断ったって。俺には財前がおるやん」

きっとこれが普通なら、凄く嬉しい愛の言葉なんだと思う。けど本来なら愛し合うこのと無い男同士でお互いを求め合っている俺達を普通と呼べるのか。

「ちゅーかな、その子わざわざ白石伝いに場所言うて来てんで。普通そのまま白石に告るやんな」

俺と一緒に居たって子供の顔を見ることも幸せな家庭を築くことも出来ない。世間体だってある。好きな人と居ることを隠さなければならないようなそんな悲しい関係に俺が謙也さんを巻き込んだ。同性を好きになった俺が友達という位置に居れるだけで幸せなのに、独り占めしたいとかあわよくば一緒になりたいとか図々しくも我が儘を言ったから優しい謙也さんは受け入れてくれた。

「…勿体無いんちゃいます、そんな可愛い子が好きや言うてくれてんのに」
「俺ってどこまでもモテへんキャラやな。もはやその位置確立してんやん」

この先こんな風に彼を笑わしてやれるのだろうかと思うのは無責任。俺には謝らないといけないことが沢山ある。

「俺なんか振って、その子のとこ行けば良かったのに」
「え?」
「ええ機会ですやん。俺と別れてノン気の道に戻る」
「財前…?」
「どうせいつかはって思ってましたし、それがたまたま今やったってだけで」
「財前っ…!」

俺さえ居なければ謙也さんはこんな辛い人生を歩まずに済んだのに。辛い思いをするのは、俺だけでいいのに。謙也さんと付き合う前、報われないことに何度涙を流しただろう。そうやって俺が一生泣き続ければ謙也さんは泣かなくて済んだのに。

「元はと言えば俺が無理矢理引きずり込んだだけですもんね。謙也さんゲイとちゃうし」
「…そんなこと思ってない」
「男の隣には女がおって普通なんです。あんたもそう思うでしょ」
「普通とかそんなんどうでもええわ…!なぁどしてん!」

謙也さんの言葉を無視して話し続ける俺はもう頭が真っ白で、思ってもないことがポロポロと口から溢れ出る。

「俺は男で謙也さんも男、可笑しいねんこんな関係…」
「ちょ、財前」
「男が男を好きとか、あったらあかんねん…!」

本当は大好きなくせに、何度諦めても諦め切れなれなかったくせに。どれだけ取り乱して謙也さんを嫌いになろうとしても結局悪足掻きでしかないと自分が一番分かっている。別れるとかどの口が言ってるのだろう。

「…じゃあなんでお前は泣いてんねん」
「…え」

俺は知らない間に泣いてたらしい。謙也さんの言葉に思わず口が止まっておそるおそる頬を触ると俺の指は涙で光っていた。迷惑掛けたくないって言っていた側から取り乱して叫んでおまけに恋人の前で泣くとか。けどそれ以上に驚いたのは、目の前の謙也さんも頬を濡らして泣きじゃくっていたこと。

「謙也さん、涙…」
「お前のせえや」

好きな人は泣かしたくなかったのにな。付き合う時そう誓ったのにな。俺って口だけの酷い男でしょ、謙也さん。

「俺と一緒におってもいいことなんかありませんよ」

俺もう辛いんだよ、謙也さんにこんな人生を送らすのかと思うと、俺の我が儘で泣かせてばっかの人生を送らすのかと思うと。謙也さんはもっと幸せになれるのに。

「そんなん言わんといてや…俺は財前と居たいねん」

ごめんな謙也さん、それでもやっぱり離れたくないの。好きな人の幸せを願うのが本当なんだろうけど、俺そこまで大人じゃないから。ほら今だって、謙也さんが俺の為に泣いてくれて嬉しくて堪らないんだよ。好きだから無理を言ってでも一緒に居たいし絶対離したくないって思う。勿論謙也さんには幸せになって欲しい。いつか俺に聞かせてくれた温かい家庭を築いて欲しいと願う。だけどやっぱり謙也さんを幸せにするのは俺がいいんだよ。大好きな人を自分の手で幸せにしてやりたい。我が儘なんだよ、俺。

「子供の顔も見れませんよ」
「それは…財前も一緒やろ」

そうだよ、一緒だよ。俺だって一生自分の子供の顔を見ることなく終わるんだよ。そうやって御互い様だとでも言うように謙也さんが気遣うから、俺は優しさに甘えて自分から別れを切り出せずにいるんだろ。男らしくすっぱり終わらせてくれよ。最後くらいかっこいい男で記憶の中に留まりたいだろ。大人じゃないからきっと俺は謙也さんを離せない。下手したら縛り付けて、誰にも渡さないと閉じ込めて、奪われそうになれば嫌だと暴れ狂うかもしれない。だから、謙也さんが自分で俺から離れるんだよ。好きな人の幸せも願えないみっともない俺に愛想を尽かして現実を突き付けてくれよ。そうでもないと諦め切れない。いや、それでも諦め切れないんだから。そして俺は消えてしまった愛しい人の温もりにいつまでもすがり付いて泣くんだろ。お互い好きなのに、なんでこんなに辛いんだよ。

「俺は絶対離れへん。財前が好きやもん」
「好きなだけじゃどうにもならん」
「やから…財前が守ってや、俺のこと」

真っ直ぐ俺を見詰める謙也さんの視線に気付いて顔を逸らした俺はずるい。なんでこんな優しい人を好きになってしまったんだろう。俺には謙也さんの幸せを願えない。

20110920