シュンシン
駆×こはる
アニメ 最終回後


世界から外れた箱庭で繰り返される日常。
欲しいものが何でも手に入るわけでも、永遠が存在しているわけでもない。
ただ、穏やかに流れる日々は時が停滞しているように錯覚させるし
愛する人と孤立空間に閉じこもった現状は、
自分が望んだ世界を全て手に入れたように感じられた。


「こはる。準備できた?」
「っ、もう少し。もう少しだけ待ってほしいです」
「いいよ。ゆっくりで…春まではまだ時間がある」


珍しく慌てた様子のこはるに声を掛けながら傍らの椅子に座ると
駆が隣にいるということに安心したらしい彼女は
春らしい柔らかな笑みを浮かべたのち、再び視線を手元に落としてしまう。

さらさらとペン先が紙を撫でる音だけとなった小さな部屋に
眠気を誘うようなゆったりとした時が流れる。
窓から差し込む光は机の上の便箋を優しく照らし、
春色のそれに書き込まれる花の名とその育て方は今にも芽吹くようであった。


こうして、世界中に花を咲かせたいと願った切っ掛けは何だったのか。
春にノルンから飛び立ってゆく綿毛を美しいと思ったからかもしれないし
散っては咲いてを繰り返す桜の花に可能性を感じたかもしれない。

そんな強い願いに対し、自分たちにできることは限られているから
他人にはちっぽけで意味のないことのように見られるかもしれないけれど
こはると2人同じ想いで春を迎えようとしている今が
駆にとっては特別で、幸せであった。



「手紙、書き終わった?それじゃあ、花の種と一緒に風船に結び付けようか」
「はい!」


ヒヨコさんの力も借りて用意した風船はぷかりぷかりと風に揺れ、
遠く遠く知らない地へ飛び立つのを待ちわびているようであった。
可能性が詰まった花の種と想いを込めた手紙を括り付けて漸く準備完了。

数えるのが些か面倒だと思うくらいの数が用意されているけれど
実際に花を咲かせられるのはごく僅かなのだと思う。
それでも、偶然それを拾った誰かが想いを繋いでくれたなら
世界から孤立した2人は救われるのだ。


「たくさんでなくても良いです。たった一粒でも芽を出して
咲いた花を綺麗だと思ってくださる方がいてくだされば…それだけで」
「そうだね。こはるが書いた手紙を読んだ人にはきっと伝わるよ」
「駆くんが選んでくださった花の種があってこそです」
「俺は持っている知識から選んだだけだよ」
「それが凄いんです。環境に左右されにくく育てやすいというだけでなく
生命力があって次の命にも繋がる植物。そう簡単に思いつくものではありません。
私が初めて桃を育てた際に、駆くんが親身になってくださった時と同じです。
私は駆くんに助けられてばかりで…」


こはるに手放しで褒められるのは相変わらず慣れなくて。
咄嗟に否定の言葉を返しそうになるけれど
真っ直ぐ心に届いて溶けるそれを温かいと感じたなら、もう拒むことはできない。

思い通りにいかない感情に振り回されながらも
少しも嫌と感じることはなく。ただ、心が満たされてゆく。
複雑で単純なそれに駆が今までどれほど救われてきたか
知りもしない彼女は今も駆にお構いなしに
春色の風船へ期待を向けてしまっている。


「それじゃあ、そろそろ飛ばそうか」


彼女が鈍感で良かったと思うべきなのか、
寂しいと感じるべきなのか、その答えは見つからぬまま。
過去を懐かしみ、未来に希望を抱いた瞳で風船を見上げるこはるに声を掛けた。

途端、こちらを向いた彼女は「はい!」と勢いよく返事をするから
駆もつられて心を弾ませると、風船を固定しているロープに手を伸ばす。


「はい、こはる。一緒に持って」
「ふふっ。何だかワクワクしますね」


同じロープを握って近づく距離。
子供のように燥ぐこはるは可愛らしく、
駆が感じる鼓動の高鳴りはワクワクではなくドキドキのほうが正しい気がした。
こはると一緒にいると様々な感情が沸き上がってきて、落ち着かない。
それはきっと彼女が素直に自分の気持ちを伝えてくれるからなのだろう。


「じゃあ、いくよ」
「はい。いつでも良いですよ」
「一、二の」


「三」を合図にロープを引けば、一斉に飛び立つ風船の花。
桜色に統一されたそれらは少し早い春の訪れを感じさせた。
風に乗って高く遠く、離れてゆく様を2人は黙って見つめるばかり。

最後の花弁が見えなくなるまであっという間だった気もするし、
長い時間かかった気もする。

その間に沢山の願いを込めて、幾つもの感情を宿したからだろう。
今は大きな達成感に胸がすっとしている。
ちらりと隣を見やれば、こはるもやり切ったような表情で
ぐーんと背伸びをしていた。


「こはる。まだ終わりじゃないだろう?」
「あ、そうでしたね」
「そうそう。大事な仕事がもう一つ残ってる」


駆はポケットから花の種を一粒取り出すと
自分たちの物であることを示すように空色だけが残った宙に翳した。

この種は2人の絆であると同時に世界との繋がりでもある。
大事に大事に育てたなら、綺麗な花を咲かせ
新たな感情を宿らせることだろう。





End





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