サイショク
駆×こはる
ロン√ 第六章
ロン√ 第六章
干乾びてしまうのではないかと心配になるほど涙を流す彼女に
植物に水と栄養を注ぐみたいに元気を注ぐことができれば良いのに、と
次から次へ零れ落ちる透明の粒を数えながら思った。
こはるの能力について、それが奪われたことを含め、
駆にとってはどうでも良いことだった。
それは、駆が自身の能力を重荷に思うことはあっても
厭忌の対象として見たことがなかったからなのかもしれない。
これまで、緑を生む能力と順応性の高さで上手く生きてきた駆に
こはるが背負ってきたものの大きさなんて想像もつかないだろう。
「ごめん、こはる。泣いている君を慰めてあげたいけど…
俺には君が泣いている理由も分からない」
「っ、どうして…駆くんが謝る必要なんてないです。
謝らないといけないのは私のほうで…悪いのは全部、私なんです」
駆の言葉に促され、顔を上げた拍子に瞳に溜まっていた涙が弾けた。
ガラス玉のようなそれと、感情に溺れているみたいに必死な泣き顔は唯々美しく。
見惚れてしまう程度には余裕があるらしい駆だが
半面、こはるが今何を考え想っているのか知りたくて藻掻いている自分もいた。
だから、彼女の言葉に否定も肯定もせずに「どうして、そう思うの?」なんて
傍から見れば少々無神経に思われるような問いをしてしまう。
「どうしてって…だってそうじゃないですか。
こんな、人を傷つけてしまうような、恐ろしい能力を隠していて。
しかも、それを簡単に渡してしまって…リセットができなくなったのも
七海ちゃんを傷付けてしまったのも、私のせいで…っ、それなのに」
「こはる…?」
涙でふやけた声とは対照的な
ナイフのように鋭い言葉はこはる自身を何度も突き刺す。
流れ出る感情は痛々しく、咄嗟に傷口を抑えようとした駆だが
息をするのも忘れる勢いで捲し立てていた彼女が不意に口ごもり、
俯いてしまったなら、再び涙が落ちる音だけとなる。
「ねぇ、こはる。君は言ってくれたよね。俺の全部が大切だって。
それは俺だって同じだよ。こはる自身が嫌いだと思うところも、
俺は嫌いになんてならない。どんなことだって受け止める」
「っ。駆、くん…」
「能力がどんなものであったとしても、それが無くなったったって関係ない。
例え、世界中が君のことを悪者にしたって俺だけは君の味方でいる」
涙がゆっくりと頬を伝う。
今までのものとは違うそれを慈しむように拭ってやれば
幾分すっきりとした顔のこはると視線が絡み、
少しの気恥ずかしさが漂うなか、
こはるは観念したように大きく深呼吸。のちに心の扉を開けた。
「私、能力が無くなったと分かってホッとしたんです。
炎を生み出す力を一番恐れていたのは私自身だったのかもしれません。
やっと呪いが解けた、そんな気がして喜んでしまいました…
皆さんが大変な時にひどいですよね」
怖々と告げられるそれは駆の想像を超えた感情であったが
自身の能力を嫌っていたらしい彼女を思えば当然であると納得はできる。
どんなに願っても、彼女の全てを知ることはできないけれど
こはるが自分を責める必要なんてないことははっきりと分かる。
「能力がなくなって良かったじゃないか」
「え…?」
「俺はこはるの持っていた能力を悪くは思わないけど、
君がなくなって救われたと思うなら一緒に喜ぶよ。
俺の中心はいつでもこはるだから、君の想いを否定なんて絶対しない。
だから、こはるも俺の前でだけは素直でいてほしい」
最初、駆の言葉に戸惑いをみせていたこはるだが
真っ直ぐな想いは確かに伝わったらしい。
照れたような困ったような。返す言葉を必死に探す彼女に
駆は柔らに微笑み掛けると、俯き加減の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「だからさ、こはる。俺に望むこと、何でも言って。
君が望んでくれないと俺はそれを叶えて良いのか分からないんだ」
「かけ、く…っ、駆くん。こんなダメダメな私でも嫌いにならないでください。
私、駆くんともっとずっと一緒にいたいです」
「うん…どんなこはるでも嫌いになんてならない。ずっと一緒にいる」
「いつまでも、好きだよ」そう伝えると安心したのか
こはるは駆の胸の中に倒れ込み、瞳を閉じた。
彼女の思いがけない行動に息を詰まらせる駆だが
次の瞬間に聞こえてくる穏やかな息遣いと優しい鼓動のリズムに
緊張はほどけ、愛おしさが広がった。
「おやすみ、こはる」
涙を流し疲れて眠るこはるへ愛を注ぐように彼女の頭に口付けを落とせば、
2人の間にまた一つ。幸せの芽が出た気がした。
End