Every calamity is a spur and valuable hint.
鷹斗→←撫子
壊れた世界 捏造
壊れた世界 捏造
薄暗い階段を下りて、長い長い廊下を抜けた先。
重々しい扉の前に佇んで深呼吸を一つした。
『そういえば、今日はセキュリティシステムの更新日で
転送装置のある地下の行き来が自由にできるんですよー』
悪びれた様子もなく告げられた言葉。
何か試されているのだろうかと訝しんではみたけれど
彼は悪戯を企む子供みたいな笑みを浮かべるばかりで、
それから先の言葉を決して口にしない。
過去の世界に帰りたいと思っていた。
方法なんて分からない。帰ったところでそこには何もない。
それでも、この壊れた世界にだけはいたくないと。
今だってその考えは変わらない。だから今自分は過去へ繋がる扉の前にいる。
それなのに、どうして前へ進むことを躊躇っているのか。
撫子は扉に薄ら浮かぶ自身の影を見つめ、その内を探る。
大人だと言われる歳に成長した自分と
同じく年を取った鷹斗ばかりが頭から離れなくて。
幼い子供のように不安定な彼の表情や声音が再生されるばかり。
目覚めてからずっと、自分がいた世界へ戻るために
この世界を、鷹斗を、とにかく知らなければと藻掻いていた。
だけど今は理由もなく知りたいと思っている自分を否定できない。
彼が何を想い、世界がどう変わっていくのか。
このまま自分がいなくなった世界は、鷹斗は、どうなってしまうのか。
幾つもの疑問を残して行くわけにはいかない。
「帰ろう…」
撫子ははっきり意思を持って言葉にすると
ぼんやりとした自身の影に背を向けた。
自分の在るべき場所へ帰る足取りは此処に来る時よりずっと軽やかで。
その足音はどこか吹っ切れたようでもあった。
「撫子!」
地下の階段を上った先、聞こえてきた声に驚く間もなく
目の前に飛び込んできた人影と
強張る身体を強く抱き締められる感覚に息が詰まる。
それでも、胸の中で震えるその人が鷹斗であると気付いたなら
彼が感じたであろう不安や恐怖の分だけ、身体の力が抜けていくようで。
帰ってきて良かった、なんてことを思ってしまった。
「いなく、なってしまうと思った…俺はまた君を失ってしまうって」
「鷹斗…」
「ここにいてくれて、良かった」
撫子が地下へ向かったと知り、形振り構わず駆けつけてきたらしい鷹斗を
困った人だと思いつつも、震えるその背中をそっと撫でる。
途端、底から水面に上がってきたみたいに安堵し、
深く呼吸する彼を危うく感じると同時に、
自分を中心に回る彼の世界を理解できないし
抜け出すことも叶わないような気がした。
End