BlackOut

01.銃声



星野市香と菅原里香の話を聞いて目の前から色が、希望が消えていくのを感じた。
大切な人に裏切られ怒っているのか、大切な人がいなくなって悲しんでいるのか。
自分の心の色も見えないまま、銃口を向けた先
逃げようとする彼女が答えだと信じて引き金を引く。

火薬の匂い漂うそこは変わらず灰色の世界が続いているはずだった。
それなのに、目が痛くなるくらい鮮明な赤い血が弾けて
はっきりカタチとなって見えるほど冷たい色をした首輪からの声を聞き、
見る見るうちに生気を失くしていく彼女を目の前にすると
ここまで見ていた灰色の世界が偽物であったかのように鮮やかな現実が広がる。

つい先程まで自分の意志を持ち、動いて話をしていた人間が
こんなにも呆気なく消えてしまうなんて思わなかった。
死んでしまっては何も残らないことに今更気づく。
彼女が味方か敵か、どうして逃げたのか、
これまでどんな思いで自分と一緒にいたのか。
答えが返ってこないことが、こんなに悲しいなんて知らなかった。


「死ぬなんて、許さないから…!」


彼女に銃口を向けた自分の言葉とは思えないそれ。
ここまで警察官として動いていた自分に対し、
彼女を助けようとしているのは岡崎契の意思だったように思う。

絶対に助けるという思いに突き動かされ
契は救急車を呼ぶとすぐに事務所にいるであろう愛時と連絡を取った。
彼なら何か事情を知っているだろうと悔しさを押し殺しての行動だったが
おかげで市香が首輪の毒に侵されていることを知り、
無謀にも傷口から毒を吸い出すという選択肢を得ることができた。

冷たくなっていく身体とは対照的に熱をもった刺し傷。
唇から伝わるその熱に生を感じることで契は救われていた。
毒はとっくに全身に回っているかもしれないし、
吸い出した先で契自身にも影響があるかもしれないというのに
構わず血液に混ざった毒を吸っては吐き出してを繰り返す。

救急車が到着するまでの永遠とも思えるほど長い間、
契は市香が助かるよう願うと同時に
電話越しに愛時から聞いた市香とアドニスとの関係について考え巡らせていた。

『岡崎の言う通り、首輪を通して警察の情報をアドニスに流していたことになる。
だがそれは星野が自分の命惜しさにやっていたわけじゃない。
あいつは自分が解決しなければならないと全て背負い込んで、
アドニスに立ち向かっていたんだ。お前だって分かるだろう?
星野がどれほどの重荷と罪悪感を抱えていたか…』

愛時の言葉はまるで市香から聞いたみたいに心に馴染んだ。
だけど、やはり市香の言葉で聞くべきだった。彼女の声が聞きたかった。
契は激しい後悔にのまれながら、傍らに投げ捨てた首輪を見遣る。
毒を打ち込んだことで役目を終えたからなのだろうか、簡単に外すことができたそれ。
首輪の主が今も盗み聞いているのかは分からないが
きっと市香が助かるなんて思っていなかったに違いない。

契自身も救急車に乗せられた市香を見送ってから、彼女の身を案じ気が気ではなく。
警察関係者が現場に到着すると菅原理香の一件を含めた捜査が開始され、
それに立ち会ってはいたが、まるで魂が抜け落ちたみたいに
そこにいるだけの自分になっていた。
だから、護衛も兼ねて病院へ向かわせた吉成から
一命を取り留めた。直に意識も戻るだろうという連絡をもらい、
ひどく安堵すると同時に漸く自分を取り戻せたような気がした。



「病院に行くのか?」


現場検証に事情聴取、捜査会議にと忙しく駆け回って疲れた身体だが
休むことなく歩き出したところで背中にぶつけられた声。
それは胸の痛みを伴って契に届いた。

振り返った先にいたのは契と同じく疲弊の色を浮かべた愛時で。
きっと引き留められるのだろうなと思いながらも
「市香ちゃんに会いに行くよ」そう正直に答えたなら
案の定、彼は「あいつにもう用はないはずだ」と冷たい口調で言う。


「あるよ…聞きたいことも、伝えたいことも、沢山あるんだ」
「星野の首輪はもう外れた。アドニスがどう動いてくるかは分からないが
少なくとも命を握られているという状況は打開できた…あいつは自由になったんだ」
「そうだね」
「だがそれとは関係なく、あいつは事件を追い続けるだろう」
「その時は、今度こそ俺が市香ちゃんを守るよ」


毒の仕込まれた首輪が外れたことで市香が事件から手を引く可能性だってあるのに
契はそんなの彼女らしくないと、とっくに答えを出していた。
一度は信じられなかった市香の想いを今度こそ信じて守りたい。
契の中で市香の存在はとても大切なものになっていたのだ。


「俺は星野に元の生活に戻ってほしいと思っている」


守りたいと思う気持ちは愛時も同じなのだろう。
市香のためを想うなら彼の言う通り、危険から遠ざけて
何も知らなかった頃に戻るべきだと思う。
けれど、それを好ましく思えないのは
彼女を守ることで存在意義を見出したい自らのエゴか。


「市香ちゃんが救急車に運ばれる前に落としていった警察手帳を読んだんだ」
「何?」
「そこにはX-Day事件について調べたことが沢山書かれていた」
「…」
「それと、絶対に新宿の平穏を取り戻すって目標が掲げられていて、
なんか市香ちゃんらしくて、こんな状況なのに笑っちゃった」


本当は捜査資料として提出しなければならなかったものだろうが
彼女の努力を証明に使ったり、大切な情報として利用されることを避けたいと思った。
何よりも自分から彼女に返したくて、今もポケットに入れたまま。


「こんなに真っ直ぐで一生懸命な彼女を疑った自分が許せなくて。
本当はそんな資格ないって分かってるけど。もう一度、彼女を守る権利が欲しい」


市香から拒まれたとしても何度だって想いを伝えるし
彼女の心が砕けていたなら今度こそ一緒に戦うことを誓う。
それは自分のためかと問われたなら、完全には否定できないけれど
大切な人を守って死にたいという願いは今の契にはなかった。
きっと市香が生きて自分の傍にいろと言うのなら、それを叶えるだろう。

市香を失いかけて、死んでしまっては何も残らないことを知った。
話をして、笑って、触れて、沢山の感情を市香とともに重ねていきたい。


「俺や柳さんがここで何を言ったところで、決めるのは市香ちゃんだよ」


契が頑固であることは嫌というほど分かっているからだろう。
市香のためを想い奮起していた藍時だったが諦めの混じった深い溜息を吐くと
「…分かった」そう言って、引き下がることにしたらしい。
それでも「あいつに無理強いはするなよ」という忠告が付けられ
お互い相容れぬまま、揃って市香のいる病院へ向かうこととなった。







To be continued...


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