予定調和譚

  夢語 2



美しく彩られた料理と透き通った上質な酒への称賛に盛り上がる座敷へ通された隼人は
襖の向こうから伝わる酔い浮かれた雰囲気に溜息一つ。のちに気持ちを引き締めると
「失礼します」そんな緊張の滲んだ声を掛けて、引き手に力を込めた。


「おや、隼人君。随分と早かったね」


隼人の姿を見るなり、久世家当主である政孝は言った。
初対面であるのにも関わらず気さくに話しかけてくれたことに驚いたのもあるが
何よりも彼の言葉に疑問を持った隼人は挨拶も忘れ「早かった、とは?」と問う。
途端、政孝は向かいに座る隼人の父を見遣ると悪戯に笑った。


「聞いたところ、君は予てからうちの娘に好意を持ってくれているそうじゃないか。
2人で飛び出していったからにはデヱトでもしてくるのかと思っていたよ」
「なっ…!」
「酒を飲みながら気長に待っていようと思っていたのだが…
うちの者に2人の様子を見に行かせたのが不味かったかな?」


既に酔いが回っているのだろうか、饒舌な政孝に戸惑うばかりの隼人であったが
久世の車があの場に現れずとも、ツグミをすぐに帰していたことはきちんと伝えた。
きっと昨晩は緊張で眠れていなかった彼女の疲労は明らかで
ゆっくり休んでほしい、それが隼人の本心だったからだ。


「本当にツグミを大事に思ってくれているのだね…
君がツグミをこの場に来させなかった理由も汲んでいるよ。
私が言うのもなんだが、娘は優しい…
見合いの場となれば話が良いほうへ進むように自分を押し殺して頑張るだろうし、
私もあの子に甘えることしかできなかっただろう」
「…」
「君と2人で会って、どんな話をしたのか、
あの子が何を言ったかは分からないが…きっと最善であったと思うよ」


隼人は自分の考えも想いも全てを見透かされている気がして
照れ臭くなると同時にツグミへの想いを改めて誓う。
彼女は多くの人に愛されているのだ。
中には自らが幸せにしたいと願ってもそれが叶わぬ者もいる。
その人たちの分まで自分が彼女を幸せにしなければ、と。


「どんな出逢いでも運命でも、
俺がツグミさんに好きになってもらえるよう努力することに変わりありません。
俺にとってのスタートは彼女と想いが通じてからなんです。だから、お願いします。
お互いが納得できるまで縁談話を進めるのを待っていただきたいんです」


その申し出を聞いた政孝は案の定、苦々しい表情を浮かべるばかり。
どうしてそこまで心を重要とするのだろうと
間怠い考え方を不思議に思っているようなそれはツグミが見せたものと似ていた。
爵位を継ぐ者として、利害が一致した話を進めるのは至極当然なのだろう。
それでも譲ることはできないとする隼人に
すっかり困ってしまったらしい政孝は隼人の父へ視線を向ける。

ここまで傍観者を決め込んでいた彼だが意見を求められると
融資の話だけ先に進める代わりに息子の我儘に付き合ってほしいと
頭を下げたものだから、政孝だけでなく隼人も驚いた。

それからは話がとんとん拍子に進み、
最後に政孝は「ありがとう」そう深々と頭を下げて去っていったのだった。



「親父には頼らないって宣言したのに、結局は助けられたな…」


当人同士の問題だけではないといっても何だか悔しくて。
伏目がちに礼を言えば、父は特に気にした素振りも見せぬまま
最初は傍観者を決め込んでいたとしつつも
「お前が随分と緊張していたようだからな」そう言って笑い飛ばされる。

誰に対しても臆さない隼人だから
例え愛する人の父親だといっても、それを理由に緊張することはない。
ただ、彼女との未来がかかっているとなれば少なからず力が入ってしまうわけで。
今になって余裕がなさ過ぎたことに気付き、反省する。


「まぁ、形はどうあれ良かったじゃないか。これで私も一安心だ」
「親父…」
「私としてはツグミさんに会えず仕舞いになってしまったことが残念ではあるがね」
「悪かったとは思ってるよ」
「お前が予測不能な行動をとるのは昔からだ。気にしてないさ」


そう言い切った彼は胸元から取り出した懐中時計を見遣ったのち
そろそろ時間だとして、手元の酒を一気に飲み干した。
何かと忙しい彼であるから、次に会えるのはいつになるかは分からないが
「近いうち、2人が良い報告をしに来てくれるのを楽しみにしているよ」
なんて言われては、そう悠長に構えてもいられない。

とはいえ、これから彼女とやりたいことは沢山あって。
その一つひとつを刻んでいくうちに少しずつでも距離が縮まればいい。
座敷の大きな窓から見える庭園に視線を投げた隼人は
ここからは見えぬ東屋で彼女に声を掛けた一幕を振り返りながら
幾つもある野望を思い巡らすのだった。






End


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