予定調和譚

01.運命



泣き腫らした目元と青白い肌を無鉛白粉で隠し、震える唇は鮮やかな紅で誤魔化す。
資金繰りの苦しい中、父が用意してくれた撫子柄の振袖に
似合うだけの自分でいたいと思うけれど鏡に映る姿はまるで作り物のよう。

こんな自分を相手方は迎えてくれるのかと久世家の将来を案じる一方で
結婚の話が破談になればと願う自分もいる。
八代家との初顔合わせである今日を迎えても覚悟を決めきれていない自分が情けなくて。
ツグミは震える唇をきつく結んだ。


「お嬢様、御車の用意ができました。旦那様もお待ちです」
「…分かったわ」
「あの、お嬢様」
「何?」
「い、いえ…とてもお綺麗ですよ」


長く仕えてくれている女中の花鶏もツグミの憂いに気付いたよう。
部屋を出ていく寸で呼び止めてくれたけれど
次の瞬間には出過ぎた真似であると思い留まったらしい。
貼り付けたような笑顔で称賛の言葉をくれるからツグミは申し訳なく思いながらも
「ありがとう、花鶏さん」そう気丈に告げて涙で湿った自室を後にした。

エントランスへ向かう途中、ヒタキの部屋の前で足を止める。
結婚について口論になったあの日から何度声を掛けてもこの扉が開くことはなく。
今日も反応がないことを承知で「いってきます」とだけ声を掛けた。
彼が送り出してくれたなら勇気を貰える気がして
少しの間、分厚い扉に身体を寄せて待ってみたが、やはり彼からの言葉はなくて。
ツグミは憂鬱が晴れぬまま、顔も知らない結婚相手の元へ歩き出すのだった。


門前に用意された車はツグミが乗り込むとすぐに走り出した。
久世家と八代家の初顔合わせの舞台となるは格式ばった料亭。
礼儀作法云々は女学校で叩き込まれているため問題ないはずだが
緊張で顔が強ばってしまうのはそこにいる縁談相手が皆目見当が付かないからだ。
父から縁談の話を聞かされてから今日まで、互いにこの話題を避けてきたため
知っておくべき相手方の情報が全く手元になく。
金のことしか頭にない粗暴で下品な男、そう卑しめたヒタキの言葉がだけが渦巻く。


「お父様…定刻までまだ少し時間がありますよね」
「あぁ、時間ならあるが…どうかしたのかい?」
「私、車に酔ってしまったみたいで…少し風に当たってから行きます」


喉元から込み上げる苦々しいそれが車酔いのせいだけでないことは自覚していたし
風に吹かれて消えてくれるとも思えなかったが、
もう少しだけ自由でいたいという思いから、適当な言い訳をしてその場を去った。

華族令嬢という肩書あっての結婚なのだ。
子供を産むためだけに愛という飾りもない檻に閉じ込められる。
そんな運命だって覚悟しているけれど、ふと広い青空が恋しくなって。
慣れない和装に足を取られながら料亭自慢の庭園へ飛び出す。
季節の草花が揺れる音と木漏れ日が降り注ぎ、
鮮やかな色の鯉泳ぐ池のせせらぎが煌めくこの場所はツグミに柔らな風を送る。

決して霧を晴らしてはくれないけれど心地よいと感じることができたツグミは
庭園の外れに見えた東屋まで足を運ぶと、そこにある古びたベンチに腰掛けた。


「本当は覚悟なんて決まってない。不安でたまらない。
でも今、私が出来るのはこうすることだけだと思うから」


どうか分かってね、そう心の中で謝ったツグミは
今では遠くに見える母屋を見据える。定刻までもう時間もない。
ここまで急ぎ足だった自分を思い返し、少し休んで笑顔で戻ろうと心に決めた。



「あの…お隣よろしいですか?」


まるで心の整理がつくまで待っていたかのようなタイミングで
投げかけられたその声に驚き反射的に顔を上げたところ、
すぐ目の前に立つ男性の姿にツグミは目を剥いた。
上質なスーツを身に纏いつつも堅苦しさを感じさせない洗練された風格の彼は
今まで順風満帆の人生を送ってきたとばかりの自信と強さを持ってみえて
ツグミには眩しく感じられた。

しかし、問いに対する答えも返さぬまま不躾に見つめていたところ
ふと彼の表情が僅かに陰り「あの…?」と不安の滲んだ声を零すから
ツグミははっと我に返って、辺りを見回す。
そうして、ここ以外に座る場所がないことを確認すると
「ど、どうぞ」そう答えるのだった。

のちに彼が呟いた「良かった…」という言葉に少しの違和感を抱きつつ
ツグミは隣に触れる異性の気配に今更ながら緊張してしまう。


「沢山泣いたんですね」


視線を足元に落としたまま落ち着かない気分でいたところ
まるで涙を拭うような優しい言葉を投げかけられ息が詰まる。
涙の跡は隠したはずだとして、おずおず彼のほうを向いたなら
どんな嘘も見抜いてしまいそうな真っ直ぐな瞳と視線が絡み、
逃げられない、そんな確信を得る。


「どうして…?」
「ずっと貴女を見ていましたから、なんて言ったら警戒されるかもしれませんが」
「え?」
「俺は好きなことに夢中になってキラキラ輝く貴女の瞳が好きです。
ページを捲るたびにころころと変わる表情も、風に揺れた髪をかき上げる仕草も。
興味のないものをばっさりと切ってしまう潔さも、全部俺の中に刻まれている」


だから、今の貴女を見ていると辛いのだと彼は言う。
随分前から自分のことを知っていたような物言いに
訝しんだツグミはそろり腰を横にずらし、彼と距離を取る。

何でも分かってしまう彼を怖いと感じた。
それなのに、走って逃げだそうと思わなかったのは
少しでも彼のことを知りたいと思ったからで。
声をかけるだけで緊張したとか、
こうして隣に座って話をしていることが奇跡みたいだとか
口説き文句のようなそれも素直に受け入れてしまう。
きっとそれは彼があまりに必死に想いを伝えようとしてくれているからなのだろう。


「俺は貴女を連れ去りたいと思っています」
「なっ…!」
「久世ツグミさん…俺と一緒に来てくださいませんか?」


名前を呼ばれた瞬間、分かった気がした。彼が運命の相手であると。
目の前に立った彼に手を差し出され、躊躇いがなかったわけではないけれど
間違いであっても構わないと思わせるだけの何かがあるようで。
答えが出た時には手を伸ばし彼の手に重ねていた。








To be continued...


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