有心会が起こした革命により政府が解体して数か月。
壊れた世界の時間は停滞してしまった。
政府に管理され、自由を奪われていた国民は有心会を称え、
彼らが世界を良い方へ導いてくれると期待していたのが遠い昔のよう。
元々、有心会というのは政府に対抗すべく募った組織であり
そこに政府が持っていた以上の知識や技術は存在していなかった。
政府に在籍していた優秀な人材を拾ったところで
彼らの能力を生かすことができる存在がいなければ何も生まれやしない。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる方式で実施される政策の数々に国民は振り回され、
前政府が管理していた食物や医療システムも成り立たなくなり。
有心会への不満は前政府へのそれを遥かに上回って、
ストライキにデモ、暴動にと世界は混乱を極めた。
「紡錘草?」
「そうなんだ。紡錘草の棘には毒があって、それが原因だったみたい」
「何にしても原因が分かって良かったわ。これで解毒剤も作られるのよね?」
「それが、なかなか難しいみたい。有心会もあんなだし、時間が掛かると思うよ」
政府解体のニュースが広がるのと同じくして、
一部の地域で謎の病が広がりをみせていたのは
ごく僅かな人間しか知り得ない情報だった。
侵されたが最後、日に日に眠りが深く長くなる。
最初のうちは疲れているだけとして気にならないそれだが
数週間もすれば生活に支障をきたし、最終的には目覚めることもなくなってしまう。
キングの呪いだという者もいたらしいため、
原因が分かって良かったと安堵したいところだが
根本解決には有心会を中心とした組織の力が必要だろう。
「なんか暗い情報ばっかりで、ごめんね」
「いいえ。色々と助かっているわ。ありがとう」
人里離れた山奥に隠れ住んでいる身としては、情報屋が持ってくるそれが全て。
撫子が心からお礼を言えば、彼は照れたように笑う。
そして、次はいつ来るという約束もないまま、去っていってしまった。
忙しそうな背中が見えなくなると、
全てを飲み込んでしまいそうな夕日色の世界に佇む自身の危うさを思い知り、
身震いののち、早く帰ろうと背付いて踵を返す。
「鷹斗はまだ帰り着いていないわよね…」
鷹斗は今日も一日、近隣から集まった子供たちに勉強を教えていたはずだから。
授業が終わってからもあれやこれやと巻き込まれ、
時間を忘れ遊んでいることだろう。
撫子はそんな彼を迎えに行くついで
子供たちと一緒になって燥ぐ姿を暫く見つめているのが好きだった。
「今日が終わっていくわ…」
灰色の世界がぼやけて、橙と黒が目につく黄昏時。
世間では世界が停滞したと嘆かれているけれど
実際は朝が来て夜が来て、皆等しく針が刻まれていた。
撫子にはこの世界でしたいこと、しなければならないことが沢山あると同時に
終生ともいえる永い時を共に過ごしたいと思う相手がいる。
だから、逆らうことも歩みを止めることもせず。
今を一生懸命に生きるために進み続けることを選んだ。
しかし、そんな少女を異端とするかのように
夕焼けに長く伸びる影と同じくして彼女を取り込もうとする気配があった。
黒く不気味なそれに気付き、顔を上げた瞬間には前後を固められており、
逃げることもできなくて。
「ようやく見つけました。九楼撫子さん」
上質なマント姿の彼らに囲まれ、最悪、死を覚悟した撫子は
1人の男が深くお辞儀をし、発した言葉に敬いと期待のようなものを見て、戸惑う。
少しでも状況を把握しようと彼らが裏に潜めたものを探るため、
そこにいる一人ひとりへ視線を向けるも
皆一様に撫子を敬意をもって見つめるばかりで
いよいよ何が起ころうとしているのか分からなくなる。
「私に何か用かしら?」
「詳しいことは言えません…今は黙って、我々と一緒に来ていただけませんか?」
「断る、と言ったら?」
「強硬手段も辞さない所存です」
合図一つで全てが始まり、そして終わる。
そんな空気を苦しく感じながら頭の中で思い描くは鷹斗のこと。
彼らに連れて行かれた先に何があるのかは分からないが、
きっと易々と解放はしてくれないだろう。
鷹斗に心配を掛けたくないな、と泣きたくなるくらい強く思う。
彼らに連れて行かれるわけにはいかない。
答えは決まっているが、こうも囲まれていては動きようがなくて。
悪足掻きも同然に悩むふりをして時間を引き延ばす。
「全く…遅いと思ってきてみたら」
撫子の抵抗も空しく。
背後から聞こえてきた声に硬直状態は呆気なく解けてしまった。
「彼女はこう見えて頑固ですからね。素直に頷いてはもらえませんよ」と
少女のことを分かったような口振りを含め、よく知る声音に
駆け足になる鼓動とは対照的に身体は動かなくなる。
その隙に今まで指先一つも動かすことをしなかった一団が歩み寄ってきて
ふと首元に何かを押し付けられる。
ちくりと針を刺すような痛みを感じ、慌てて抵抗するも
次の瞬間には目の前が真っ暗になり全身の力が抜けてゆく。
足元から崩れ落ちる身体を抱き留められ
「大丈夫ですよ。きっと、キングが助けてくれますから」と耳元に触れる声。
それを最後に、意識が途切れた。
To be continued…