回帰

第二話 クモガクレ



小競り合いでもしているかのような
落ち着かない鳥の鳴き声が気になって目を覚ますと
辺りは慣れない空気が立ち込めており、知らない天井を映した瞳を瞬かせる。

いつの間に朝を迎えてしまったのだろうと、
朝日に照らされ昨夜と印象が変わった部屋に足を付ければ
肌に触れる感覚であったり、少しの身体の怠さであったりが
此処が現実であることを改めて示してくるよう。

昨夜のことが全て夢で、目を覚ました時には
自分の部屋のベッドに居られたら、なんて願っていたけれど
再生され始めた現実に抗う術を失くす。

唯一、部屋の外にあった気配が消えていたことに安堵し、
重たい身体を動かして窓際へと向かった芽衣は
眩しさに細めた目をゆっくりと開けて、
暗闇のカーテンが捲られた先に広がる朝を見つめた。


「ここ、どこ…?」


窓枠に切り取られた景色はとても東京とは思えなかった。
車線整備されていない拓けた道と、
その向こうに建ち並ぶ背の低い建物は新しく見えて、風情がある。
芽衣は此処が東京どころか現代の日本であることも疑わしく思え、
自身が自由に動き回れる状況にないことも忘れ、部屋を飛び出した。


「芽衣さんに飲み物を勧めた、私の責任です」
「話を聞く限り、フミさんのせいではないと思いますけど」
「全くその通りだ…それよりも、
あの果汁飲料を贈ってきたのは本当に叔母だったのだね?」
「はい…間違いありません」


階段を下りたところで聞こえてきた声に、芽衣は息を潜める。
昨夜、鴎外は自分たちの婚約を認めぬ叔母の策略で毒を盛られたのだと
お伽噺をするみたいに話していたが
それが真実であるのか、芽衣は未だ判断できずにいた。

そのため、扉の向こうで交わされている話に暫く耳をそばだてていたのだが
彼らの真剣な声音があまりに現実を帯びていたため
他人事として捉えていた話が愈々目の前に突き付けられてしまった気になる。


途端、自分の立っている世界を見てみたくなった芽衣は
光零れる玄関へ足を向けて、外に飛び出した。
生まれたての朝の空気は冷たく、
風がドレスの裾を揺らすたびに肌寒さを感じてしまう。

嵩張り重たいドレスは動きにくく、コルセットは窮屈で慣れない。
違和感だらけの格好であることは自覚していたけれど、
屋敷に戻ることはせずに当てもなく歩き出したのは
認識を越えた世界の中で、自分の知っている何かが
一つでもあるかもしれないと期待したからだ。

半ば悪足掻きであると自覚しつつ歩き続けた芽衣だったが
幾つもの角を曲がり、人と擦れ違っているうちに足取りは重たくなり、
ここから抜け出そうという気力も擦り減っていく。
いつしか、この世界に終わりがないことを察すると
流石に此処が現代ではないと認めざるを得なくなってしまう。

明治の偉人である森鴎外を名乗った男の話もきっと真実。
一度認めてしまうと抗っていたのが嘘のように
驚くこともなく受け入れることができた。
それは芽衣が昔から人とは違う世界を見て触れていたからかもしれない。

だからといって、この時代で生きていくことを受け入れるなんてできず。
もしかすると失った明治での日々の中に
現代へ帰るための手掛かりがあるのではないか、と頭を働かせてみる。
しかし、鴎外の話を聞いてもぴんとこなかったそれを
簡単に思い出せるわけもなく。

この世界に馴染めない自分を隠すように、道端にしゃがみ込んだ。




To be continued…


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -