SNOW APPLE
スバル←ユイ


自室に戻って来ると、正面のベッドに人影があって驚いた。
制服のまま寝転がったその姿に心当たりがありすぎて
プライバシーの無さを嘆きたくなるけれど、
次の瞬間には平然とベッドへ歩み寄っていくあたり、ユイの順応の良さが窺える。

そして、そこにいたのがスバルであると気付いたなら、すっかり警戒を解いて。
ユイは安堵交じりにベッドへ腰掛けた。

吸血鬼の生命力、身体能力の高さは然る事ながら、その見目も秀でている。
中でも、スバルは他の誰とも違う独特の美しさがあって
いつまでも見つめていたいと思えるのは、贔屓目のせいだけではないはずだ。

紅い瞳が閉じられて幼く見える寝顔を暫く眺めていたユイは
寝息零れる口元へ注意を向けると、そこから覗く牙にごくりと息を飲む。
冷たく光るそれがいつも自身の肌を突き破っているのだと考え始めたなら
なぜだかすごく興味をそそられてしまい、
無意識のうちに牙へ手を伸ばし、触れていた。


「おい…」
「っ、スバル君!お、起きてっ…」
「ったりめぇだろ!だいたい、この手は何だ?
エサが自分から口に突っ込んでくるなんて、バカか」


機嫌の悪そうなスバルが荒々しく発した言葉に
忽ち我に返って伸ばした手を引っ込めようとしたのだが
それよりも早く、スバルは身体を起こしてユイの手を掴む。
その力に思わず顔を顰めるユイだったが
吸血鬼にとって大事な牙に触れたのは不躾だったとして
抵抗することなく素直に謝れば、手を掴む力が分かりやすく緩んだ。


「…怖く、ねぇのかよ?」
「え…?」
「この牙で、お前は傷付いてるんだぞ。
なのに、何でそんな平気な顔で触るんだよ?」


注意してくれているのか、怖がらせたいのか、
それとも自分自身を貶しているのか。
悲しげに伏せられた瞳が見つめているものが分からず
ユイは困ったように、彼と繋がった手元へ視線を落とす。

人間では到底敵わないほどの力を持ち合わせていながら
加減してくれる優しさがくすぐったくて、
冷たい手であることが気にならなくなるほどに、温かい気持ちになる。


「綺麗だって思ったから…」
「あぁ?」
「スバル君は綺麗だよ。牙だけじゃない、目も髪も手も…全部」
「なっ!お前、何訳わかんねぇこと言ってやがる!」


掴み掛ってきそうな勢いで戸惑いを見せたかと思えば
目が合った瞬間に、ふいっとそっぽを向いてしまう。
そんな彼の薄らと赤らんだ頬が気になって、
表情を覗き込んだところで視線は合わず。
「俺なんかが綺麗なんて、目が腐ってんじゃねぇのか…」と
小さな呟きが聞こえてくるから、胸が痛んだ。

スバルが自身を好いていないことは知っている。
そんな彼にユイが何度、好きだと伝えたところで届かないのかもしれない。
だから、自分たちの関係には名前がなく、曖昧なカタチなのだと思い知る。


「好き、なんだけどな…」


ぽつりと零れ落ちた本音に、スバルは肩を震わせた。
のちに、赤く染まった頬を意地悪げに歪ませて
掴んだままでいたユイの手を引いたかと思えば、その人差し指に牙を突き立てる。

鋭く冷たいそれが皮膚を突き破って骨にまで届く感覚に
顔を顰め、小さく声をあげつつ、薄目を開ければ
肌を伝う血と、射抜くような瞳が白い世界の中で浮いて見えた。
そして、痛みを感じなくなるほどに、その美しさに魅了されてしまう。
綺麗だから好きなのか、好きだから綺麗に見えるのか。
分からないけれど、こんな感情を抱くのはスバルだからなのは確かで。


「ん、っは…これでも、好きだって言えんのかよ?」
「…ん。好きだよ」


変わらない想いを伝えたなら
スバルはほんの一瞬、困ったような顔を浮かべたのち
もう一度、指に唇を寄せて零れた血を舌で拭い、
深い傷口に何度もキスをくれた。

この優しさに触れるたび、彼の心の美しさを知る。
そして、もっと好きになる。







End



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