NEAR DARK
アヤト×ユイ


クローゼットからドレスを引っ張り出しては
全身鏡の前で、あぁでもないこうでもないと悩むユイの姿を
ベッドの上から眺めていたアヤトは胸に妙な突っ掛りを感じていた。
それをもう随分長く待たされているせいだとして
「おい、ユイ!俺様を何時間待たせるつもりだ!」と
不満をぶつけてみたところで靄は晴れなくて、苛立ちは増すばかり。


「そう言われても…夜会のドレス選びなんて慣れてなくて、
どうしたら良いのか分からないよ」
「んなもん、適当で良いだろ」


アヤトなりの助言であったのだが、聞き入れる気はないらしい。
ユイはクローゼットから新たにドレスを取り出して、身体に宛てがう。
この調子ではアクセサリーや髪型などにも時間を掛けることになりそうだと
いい加減、ウンザリしてベッドに寝転がったアヤトに対し、
ユイは何を思ったか、くるりと振り返って
「アヤト君はどう思う?」そんな言葉を投げ掛けてきた。

その手には闇夜に溶け込むようなネイビードレスと
吸血欲をそそるワインレッドのドレスが握られている。
ベッドに沈めた身体をそのままに視線だけをそちらに投げたアヤトは
ドレスではなく、ユイの期待に満ちた表情を凝視する。


「ねぇ。どっちが良いと思う?」


ベッド脇まで歩み寄ってきたかと思えば、改めて問うてくる。
その言葉も表情も。仕草一つとってみても、過去と重なる。
『ねぇ、アヤト。あなたはどっちが良いと思う?』と尋ねてきた女は
どのドレスが自身を輝かせ、最愛の人によく思われるだろうか。
そう問うていたのだと、子供ながらに気付いていた。
こんなにも鮮明に思い出せるなんて、
自分は今でも母親に囚われているということで。
先程からの苛立ちの正体が何となく分かった気がする。


「あの…アヤト君?」


遠慮がちに掛けられた声に引き戻され、
忌々しい過去をすぐに忘れようと思ったのだが
目の前に見える2着のドレスと、後ろから覗くユイの顏に
やはり、コーデリアの姿がチラついて。
アヤトは舌打ち交じりに彼女の手からドレスを払い落すと
驚きと戸惑いで震えるユイの手を掴んで、引き寄せた。

ぎしりと軋むベッドに押し付けられたユイは状況が呑み込めていないらしい。
覆いかぶさるようにして距離を詰めるアヤトを瞳に映したまま、
瞬き一つせずに固まっている。


「お前はユイ、だよな」
「え…何を」


まるで、危険だ。逃げろと警告しているように早鐘を打つ心臓に触れた。
途端、ユイは顔を赤くして抵抗し始めるから
「ちっ。暴れんじゃねぇよ」とドスの利いた言葉で釘を打つ。

びくりと肩を震わせて怯える姿は間違いなくユイであるはずなのに
ふとしたときにコーデリアの姿が重なってしまう。
何もかも、この煩い心臓のせいだろうか。
こんなもの、ナイフで一突きすれば終わりだというのに
ユイの濡れた瞳を見ると、それができなくなるから困る。


「もういい。行くぞ」
「え…ちょっと、待って」


胸から手を離して、やり場のない想いとともに拳を握る。
この心臓を止めることができないのと同じように
母親の存在を完全に消し去ることは不可能なのかもしれない。
それが何者かの企てであったとしたなら、
自分は見事に手の平で踊らされていることになるが
心臓を含め、ユイを手に入れてしまったのだから嘆くこともできず。

過去に飲み込まれ、重たくなった身体を起こしたアヤトは
ベッドの上で呆然としたままでいるユイに向かって
夜会には学校の制服を着ていくように言った。
その言葉に反論はしないながらも、僅かに不満をみせたユイに対し
「何着たって、お前が一番なのには変わりねぇだろ」と言ってみる。

らしくないような気がしたが
きっと、彼女も愛する人からそんな言葉が欲しかったのではないかと
ほんの少しだけ自分の母親に同情したのかもしれない。

そんなふうに思えるようになったのは間違いなくユイの影響だ。
単純にも、ふにゃりと相好を崩したユイに心が温かくなる感情を宿すと
浮かれた頭を小突いて「ほら、早くしろ」と緩んだ口元をそのままに急かした。

途端、慌てて準備を始めるユイの姿を見ながら
いつまでも彼女が自分だけを愛し従い続ければ良いと、ほくそ笑むのだった。






End





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