ハミンギャ
キョウゴ×ルシア
GOOD END


砂の一粒一粒が落ちる音に耳を傾けて、今この刻を大事に生きたいと思う。
明日を待ち望んでいるけれど、早く来いなどと急かすことはせず。
弾んだ気持ちを含め、結婚前夜の落ち着かない刻を抱きしめるように
世界樹・ユグドラシルの中心を流れる光の砂を胸の内に焼き付ける。


「ルシア。ここにいたのか…」


柔らかな明かりが灯った店から出てきたキョウゴはルシアの隣に並ぶと
「今夜は冷えるな」そう言って、冷たい夜風が触れた腕を擦る。
遠回しに店内へ戻るよう言われているようだったが
まだこの瞬間に浸っていたかったため、気付かぬふりをして適当な相槌を打てば
困ったように眉を寄せたキョウゴがこちらに手を伸ばし、
すっかり冷えてしまった頬に触れてきた。


「いつまでこうしてるつもりだ?」
「もう少し、かな…?」
「何だよ。今頃、マリッジブルーか?」
「え…っ、違うよ。そういうのじゃなくて…
私、本当にキョウゴと家族になるんだなって。幸せに浸っているの」


10年以上ずっと一緒にいて、これから先もそうであると
彼を愛していると気付く前から決定事項になっていて。
明日の結婚式を機に何かが大きく変わるというわけではきっとない。
だけど、明日は人生最高の日になるだろうし、
それを目の前にした今この瞬間に感じている想いを
流れ落ちていかないように閉じ込めておきたいと思うのだ。


「家族って…そこは、その、夫婦って言うとこだろ。普通…」
「そうなんだけど。ずっとね、キョウゴと家族になりたいって思ってたから」
「っても、小さい頃から家族同然の付き合いだったじゃねぇか」
「勿論、気持ち的にはそうだけど…」


言葉にするのが難しいモヤモヤした何かをじーっと見つめるようにして
どう伝えようか暫し考え込んだ末、ルシアは大事な思い出の詰まった日記帳を捲り
灰色の薬に侵された子供たちのために駆け回ったあの日へ意識を引き戻す。


「キョウゴが病院で倒れた日にね、お医者さんに言われたの。
キョウゴの容体について家族じゃない人には話せないって」
「…」
「その時はホリック叔父様が上手く説明してくれて、話を聞けたけど…
それでも、ちゃんとした繋がりがないって言われたみたいで悲しくて
私はキョウゴのために何もしてあげられないって自覚して、悔しかったの」


繋がりを確かなカタチとして求めるなんて柄ではない気がするけれど
キョウゴのことになると欲張りになってしまうのかもしれない。


「お前…そのことをずっと気にしてたのか?」
「当たり前よ。だって、キョウゴに何かあったら、私は一番に駆け付けたいし
何もできないかもしれないけど…それでも傍にいたいって思うもの」


はっきりと言い切ったルシアが意外だったのか
キョウゴは一瞬、呆けた顔になったが
刹那、赤く染まった頬を人差し指で掻きながら
「お前…ほんとに俺のこと好きなんだな」と小さく零す。

好きだなんて、何を今更。と思う一方で
自分が言った言葉を思い返して照れを感じたルシアは
熱を持ち始める頬を隠すように俯いて「…好きだよ」そんな言葉を返した。


「私はキョウゴがいないとダメなの。
困らせてしまうって分かっていても、キョウゴに対しては我儘になるみたい」
「それこそ今更だろ。俺だって、お前の我儘を聞くのは当たり前になってる。
他の誰でもなく、俺を頼ってほしいんだ」


キョウゴの優しさに触れると胸がじんわり温かくなると同時に
少しだけ締め付けられたような痛みを感じる。
昔から感じていたそれをずっと気にしないようにしていたけれど
今なら、はっきり自覚できるし、その理由も分かる。

ルシアはずっと隠していた秘密を打ち明かすような覚悟で顔を上げると
すぐ傍で見守ってくれている穏やかな彼の視線を絡め取って、口を開く。


「私もキョウゴに我儘を言ってほしい」
「は?」
「キョウゴも私にしてほしいことがあったら何でも言って。
だって、その…私たち、夫婦になるんだから」


頼ってばかりは嫌だから、これから先は支え合って進んでいきたい。
そんなルシアの想いが伝わったのか、
キョウゴは口元を緩ませ「あぁ。そうだな」と言葉を零しながら、
時を刻み続けるユグドラシルの大砂時計へ視線を投げた。

対して、いつの間にか随分と大人びてしまった彼の横顔を
まじまじと見つめ続けていたルシアは
ふとキョウゴの頬が赤くなっていることに気付く。


「キョウゴ?」
「って、あぁ〜。やっぱ夫婦とか…なんか、照れんな」
「照れるって、キョウゴが言ったんでしょ」


だから余計に恥ずかしいのだと言いながら
髪をぐしゃりと掻き乱すキョウゴが可笑しくて笑みを零せば
ジト目を向けられるけれど、相変わらずの赤い頬では怖くない。

可笑しくなって声に出して笑い始めるルシアに
キョウゴが困ったような呆れたような笑みを浮かべるのはいつもの光景。
何だかんだ、2人とも夫婦になるというカタチが
ぼんやりと曖昧な認識でいるのかもしれない。

それでも、刻が足を止めることはなく。
砂時計の砂は落ち続けるから、ソコに溜まっていく光によって
いつか、はっきりとカタチを浮かび上がらせる日が来るだろう。







End




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