ソール
アダム×ルシア
GOOD END
GOOD END
赤色や黄色、青色のビビットカラーが目を引く数台の移動車。
サーカスで使う道具や動物を乗せたそれのうち
最後尾にルシアの手を引いて乗り込むと
アルビオンの街並みがいつもとは違った高さから見える。
アダムにとっては同じ建物が無秩序に並んでいるだけにしか見えない景色だが
隣に立つルシアは強く思うことがあるらしい。
ここまで笑顔だった少女が見せる悩ましげな表情に些か決まり悪くなるけれど
思い出が詰まったこの街に暫しの別れを告げるのだから仕方ないとし、
思い耽った横顔を見守ることにした。
ところが、瞬きを忘れていた大きな瞳が閉じられると
開いた瞬間に涙が零れてしまいそうな気がして
アダムは堪らず「ルシア?」と声を掛ける。
「っ、ごめん。ただ、暫く戻ってこられないんだなって考えたら、なんか…」
「ルシア…僕と一緒に行くの嫌になった?」
「違うの。アダムと世界を見て回るのは楽しみで、ワクワクしてる。
ただ、少し寂しくなって…きっと今だけ、ちょっとだけだから。大丈夫だよ」
縁に溜まった涙を零れ落ちる前に拭い
無理に笑ってみせるルシアを見ていると
彼女から大事なものを奪っているような気になってしまう。
ずっと一緒にいてくれるというルシアに甘えて
気の利いた言葉一つ掛けられないことが悔しいけれど
気が付けば、次のセリフを誰かが高らかに発した出発の合図に奪われ、
手綱を握られた馬が前へと進み出す。
ひとつ大きく揺れたのを機に振れ始めた荷台に
よろめいた小さな身体を抱き留めたアダムは
ルシアが胸の中に埋めていた顔をのそのそと上げるのを
不安に思いながら見つめていた。
「ルシア、大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「本当に…?」
先程よりもずっと近付いた距離から見える朝焼け色の瞳。
視線を絡めたまま、見定めるように目を細めて
頬に手を伸ばすと笑顔が微かに強張る。
目の下には涙が見えるような気がして、何もないそこをそっと撫でた。
もう、あの頃とは違う。彼女の一番近くに寄り添って、
涙が流れていたなら拭ってあげることができる。
「変だね。こうしていると、僕のほうが泣きたくなる」
視線を落として、足元にぼんやり浮かぶ影に呟きを零せば
ルシアがハッと息を呑むのが伝わってくる。
困らせてしまっただろうか、とアダム自身も困惑を浮かべたなら
不意に小さくも温かな手が頬に触れるのを感じた。
そして、その手はアダムがそうしたように優しく撫でてくれるから
おずおずと顔を上げれば、ルシアの微笑みが瞳に映る。
「アダムが泣いても、私が涙を拭いてあげるから大丈夫よ」
「ルシア…ははっ、それは心強いね」
「私、本気だからね」
「うん。でもね、できれば涙を流すのは君で、僕が拭う役目でありたいな」
悲しみの涙でも、喜びの涙でも、それはきっと美しく輝くのだろう。
一粒一粒を慈しみ瓶の中に閉じ込めるみたいに
誰にも見せることなく自分だけのものにしたい。
そして、雨上がりには滴光る花のような笑顔を見せてほしい。
我儘だろうかと、だんだん欲張りになる自分に薄笑いが浮かぶ。
「それは嬉しいけど、私はアダムが思っているほど泣き虫じゃないのよ…?」
困ったような拗ねたような表情を浮かべて話すルシアに
少しの意地悪で「そうかな?」と首を傾げてみせれば
つい先程、自分が泣き出しそうになっていたことを思い出したのか
彼女はぎくりと肩を震わせた。
しかし、すぐに強がったふうに「そうだよ」と大きく頷いて、
泣き虫とまでは言わないけれどアダムのほうが
悲観的で危うい、なんてことを言いだす。
その指摘について多少なりとも自覚があるため、否定はしないけれど
頼りないと思われては困る。
「僕は大丈夫さ。ルシアが傍にいてくれるから、ね」
「そう、なの…?」
不思議そうに瞬きを繰り返すばかりのルシアには
その無垢な輝きでアダムがどれほど救われてきたか、なんて
想像もつかないだろう。
それでも、互いを希望としていたように、
弱さを顧みず大切なものを守りたいと願ったように
最後の灯火の中で愛を信じたように、どこか似ている2人。
希望と絶望という繋がりよりもずっと深く通じ合うことができるはずだ。
「ルシアにとっては、僕がそういう存在でありたいんだ」
だから、自身でも気づいていないその深淵に触れさせて。
彼女がそうしたように、きっと輝かせてみせるから。
End