ギムレー
キョウゴ→ルシア+ティオ
プロローグ 109day以降


今日もあれやこれやと誰かのために街を駆け回り、
ココノココノに辿り着いたのは、世界が夕日色に染まる頃。
疲れを見せないよう深呼吸ののちドアを開けて店内に足を踏み入れたなら、
ドアベルの音が幾つもの時計の音と混ざり合って聞こえ、
温かな空気と甘いに香りに包まれたそこに外とは違う時の流れを感じた。

窓から差し込む夕日の欠片がキラキラと光を放ちながらゆっくりと流れていく。
この空間に浸っていると一日の疲れがふっと抜け落ちてしまう。
いつ終わりが来るかも分からない日々の中で、
いつも変わらずあり続けるココノココノと
そこで自分を迎えてくれるルシアの存在にキョウゴは救われていた。


しかし、本日は店の片隅に見慣れぬものが置かれており、
それがあまりに夾雑に見えたものだから
「キョウゴ。いらっしゃい」と弾んだ声を掛けてくれたルシアに
上手く反応ができなかった。


「これ、いいでしょ?ホリック叔父様が気に入って買ったものなの」


キョウゴの探るような鋭い視線に気付いたのか、
ルシアは自らが座っているソファをぽんぽんと叩きながら、教えてくれる。
温かみのあるアンティークソファをどこに置くか決めかねて
店内に置いたままにしているらしいところまでは納得できたが
問題は、ソファにルシアが腰掛け、その膝を枕にティオが眠っている点だ。


「っ、何でそいつにひ、膝枕なんかしてんだ!」


目の前の光景に衝撃を受け、暫く声も出なかったキョウゴが
やっとのことで突っ込みを入れるとルシアは不思議そうに数回瞬きをしたのち
しぃーっと口元に指を添えて、大声を出さないよう注意してくる。


「夜遅くまで絵を描いていたみたいだから、起こさないであげて」


そう言われても、キョウゴは猫のように丸まって気持ちよさそうに眠るティオを
今すぐにでも叩き起こしたい衝動を抑えるのに必死で。
拳を握ったところで、身体の震えはおさまらない。

ここで自分の想いをぶつけることができれば良いのだけれど
自分のことについて言葉にするのが苦手なキョウゴにはそれが難しく。
口を開いて息を吸ってみたけれど上手く言葉が出てこないまま
もどかしさに髪をぐしゃりと掻いた。


「俺だって…」


素直に自分の気持ちを言葉にできるティオを羨ましいと思う。
彼のことだけではない。店のドアが開くたびに
自分よりもっと彼女に相応しいと思える人間が現れる。
いつ、ルシアが差し出された手を取って広い世界に飛び出していくのか。
最近になって焦りが増していた。


「キョウゴも座って良いよ」
「え…?」


唐突に何を言い出すのだと驚いてしまったが
彼女なりに、キョウゴの瞳に浮かんだ嫉妬に気付いたらしい。
決してソファに座りたかったからのそれではないのだけれど
今回ばかりは、ルシアが鈍感で良かったと思う。

しかしながら、無邪気に「ほら、ここ」と言いながら
自らの隣をぽんぽん叩いてみせるルシアにはどうしたものか。
きっとここで断ったら愛らしく頬を膨らませるのだろう。
彼女はこれで結構、頑固なところがある。
そして、キョウゴは彼女の想いに応える以外の選択肢を持たない。

仕方なく、示された通りルシアの隣に腰を下ろせば、
ふかりと沈んだ身体が思いの外、彼女に近付いて戸惑うも
今までそうしてきたように何事もなくを装う。


「キョウゴも疲れてるでしょ?肩枕で良かったら貸すよ?」
「はぁ?ちょっ、いきなり何言い出すだよ!」
「膝はティオ君に貸してるから、キョウゴにもって思ったんだけど…」


10年の付き合いになるけれど、幼馴染の言動は読めず。いつも振り回される。
一方で、彼女はただキョウゴに休んでほしいだけで、他意がないことは
うんざりするくらい明確に分かってしまうから希望も何もあったものではない。
結局、幼馴染という関係から抜け出せず。キョウゴは溜息ひとつ。

肩と肩とで掠める温もりとか、くすぐったさとか。瞳いっぱいに映る横顔とか。
自分がそうであるように、ルシアにも少しくらい意識してほしいものだが
それを素直に言ったところできっと彼女には伝わらないのだろう。
キョウゴは少しの悔しさにドキドキと落ち着かない胸元で拳を握ると
少しの勇気を振り絞って、その手を幼馴染の遠い肩へ伸ばし、
勢いだけで小さな身体を引き寄せた。


「っ、わ。キョウゴ?」
「お前こそ、少し、休めよ…」


自分のほうへ寄り掛からせてみたものの、
考えていたよりずっと柔らかな香りと温もりと直に感じられて、緊張する。
誤魔化すように咳払いしたのち、伝えた言葉は尻すぼみになるけれど
ルシアは気にしていないらしい。耳元にクスクスと嬉しそうな笑みが擽る。

少しくらい意識してほしかったというのが本音であるが
キョウゴにとっても今の距離感が心地良くて。
いつの間にか落ち着きを取り戻した鼓動に耳を傾け、
温かな夕方の刻に悠久を重ねた。






End





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