シグムンド
キョウゴ→ルシア
本編前


依頼に病院に、街の住人たちからの頼まれ事にと駆け回っているうちに
ココノココノへ向かうのがすっかり遅くなってしまった。
ルシアは自分が来るのを待ってくれているだろうか、と考えてみたけれど
喫茶店で忙しく働いている姿しか想像できなくて。
付き合いの長さをひしひしと感じてしまう。

十分すぎるような、物足りないような10年を思い返しながら
この当たり前な日々がこれから先も続くことを願うけれど
終焉は、絶望を感じる暇もないくらい唐突にやってくるのだろう。


「っ、ルシア!そんなとこで何やってんだ!」


それは何の前触れもなく風が吹き荒れるように、と
ざわめく木々に足を止め、舞い落ちる葉の軌道を辿るように視線を上げれば
光を浴びた新緑の中に妖精と見紛うばかりの愛らしい少女の姿を見つけた。
ミルクティ色の煌めく髪と葉陰が落ちた透き通るような白い肌、
朝焼けを思わせる瞳と「キョウゴ!」と名を呼ぶ声に
彼女がルシアであると気付いたなら、
キョウゴは感傷的になっていたことも忘れ、驚きの声を上げる。


「木から下りられなくなっている子猫を助けようと思って、上ったの」
「なっ…また無茶しやがって!」
「大丈夫。子猫も助けたし、今下りるから」


小さな子猫を片腕に抱くと、枝よりも細い腕を伸ばして
下りてこようとするルシアをひやひやと落ち着かない思いで見守る。

ルシアを見ていると自分のことがどうでもよくなってしまうほどに
彼女のことばかりになってしまう。
つい無茶をしてしまうのはキョウゴも同じであるが
ルシアの場合、キョウゴとは違って恐怖や不安を持たないから困りもので。
その自信と前向きな性格に、いつか足を掬われやしないかと
必要以上に心配してしまう。


「あっ!」


そんなことを考えているそばから、危機を滲ませた声がして
足を滑らせた影が降ってくる。
このような事態を想定していたキョウゴは即座に駆けだし、
落ちてきたルシアを受け止めるも、勇者様なんて大層なものではない自分は
そう格好よく助けることなんてできるわけもなく。
見事にルシアの下敷きとなって「うっ…」と情けない声を零してしまった。


「っ、キョウゴ!ごめん、大丈夫?」


心配するよりも先に退いてほしいと力なく伝えたなら
ルシアは弾かれたように立ち上がり、
「キョウゴ、痛いところある?」と変わらず心配を投げ掛けてくるから
彼女を安心させるため、少しの痛みを我慢して笑って見せる。


「本当にごめんね…」
「なぁに、気にすんなって。それより、お前は怪我ねぇのか?」
「うん。私は何とも…キョウゴが助けてくれたおかげだよ」
「助けたなんて格好いいもんじゃねぇよ…」


本当なら、両腕で抱き留めるくらいしてみせたなら良かったのだけれど
やはり、自分はまだまだ非力で情けない。

それでもルシアはぶんぶんと大きく首を横に振って
「格好よかったよ。勇者様みたいだった」と鼻息荒く言ってくれるから
鼓動が高鳴り、頬がじんわり熱くなる一方で、
ルシアのいうキョウゴとは正反対の影が、頭の中にちらつく。


「ったく…お前の方がずっと格好いいだろ」
「え?」
「子猫を助けるためとはいえ、無茶しやがって」


枝や葉に触れたのだろう。乱れた髪を整えてやるついでに頭を撫でれば、
ルシアはくすぐったそうに身動ぎし、笑顔を浮かべた顔で見上げてくる。
熱のこもった眼差しはボヤけて見えるほど眩しく。
どうして、何の力も持たない自分をこんなにも慕ってくれるのかという疑問から
何だか彼女が遠い存在に思えてしまう。

ホリックやその周囲からルシアを守るよう再三言われてきた。
幼い頃は力強く頷いて、自分より小さな彼女の手を引いていたけれど
いつからか、騎士なんて柄ではないと
ぎこちなく笑みを浮かべて、躱すようになってしまった。

それはきっと、キョウゴの中でルシアへの想いが強すぎるがゆえの恐怖から。
彼女を守りたくて、彼女に失望されたくなくて、
強くなりたいと思うようになったのも同じ理由だ。


「ねぇ、キョウゴ。この子の飼い主さんを見つけてあげたいんだけど」
「そうだな。首輪してるし、ここら辺で飼われてんのかもしれねぇな」
「うん。キョウゴも一緒に探してくれる?」
「あぁ。当たり前だろ」


弱くて臆病で、取り繕ってばかりの自分がルシアのためにできることは何か。
彼女の傍にいれば分かるだろうか、と
先に歩き出したルシアの後を付いて歩きながら考える。

左胸に触れて感じるのは、鼓動が刻む“生”とその奥に潜む“死”
いつも心底に感じている死が形となり、目の前に現れるまでに
答えを見つけ出せるだろうか。







End





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