秘密ノ薔薇ハ檻ノ中
鴎外×芽衣
トワヰライト・キス


一度口を開けば、分厚い本を一気に読み上げるみたいに
あるだけの知識を詰め込んだ言葉の羅列が流れていく。
決して計算していたわけではないが
説き尽くした本を閉じたところで時計の針がかたり傾き、講義終了を示す。

このまま、早々に教室を去りたいところだが
教卓に広げていた教材を片付けている間に生徒たちが集まってきて
我先にと、質問や意見をぶつけられる。
彼らの好奇心や向上心は眩しく、日本の将来に希望を灯すようで頼もしく思える。
昼休みを刻む時計を一瞥し、困り顔を浮かべる鴎外だが
もうひと頑張りと、表情を引き締め。彼らと向き合うことにした。


東亰美術学校は出入りが自由で屋敷からも俥で容易く来ることができるため、
鴎外が講義を行う日は、芽衣が弁当を届けてくれるというのが
すっかり習慣付いてしまった今日この頃。
最初は教室まで来てくれていた芽衣だが生徒たちに注目されることに照れて
昼休み前から中庭で待っていることにしたらしい。

猛獣の檻の中に子リスを放り込んでいるも同然の状況に鴎外は気が気でなく。
実際、恋愛や異性に憧れ真っ只中の生徒たちが色めき立って芽衣を取り囲み、
あれこれ話しかける場面を何度見掛けたことか。
芽衣がその状況をごく自然に受け入れ、
友人と話しているかのように楽しげにしているから、
尚更、やきもきしてしまうのだ。

とはいえ、愛する妻が夫のためにと弁当を持ってきてくれる
その気持ちを無下にはできず。
鴎外は今日も生徒からの質問が終わるや否や、中庭へ直行するのだった。


「おや…」


昼休みを迎えた中庭は芽衣を中心に賑わっていると予想していたのだが
今日はなぜか穏やかで生徒の姿も見られない。
それはそれで不安だと、胸のざわつきをそのままに
彼女がいつも座っているベンチへ足を向ければ、確かに人の姿がある。
自然なのか不自然なのか。そこには芽衣一人のよう。


「子リスちゃん!」
「…」
「全く…この子は」


丸まった背中を不審に思い、歩み寄りながら声を掛けるも返事はなく。
正面に回り、俯いた顔を覗き込んで漸く彼女が眠っていることを理解した。
猛獣の檻の中と比喩したこの場所で無防備に寝顔を晒している彼女に
胸にちくりと刺されたような痛みを感じ、
そこから溢れるみたいに黒い何かが渦巻く心中。

しかしそれも、持ってきた弁当を大事に抱えて
幸せそうに眠る姿を見ていると波のように引いていき、後に残るは諦観。
警戒心というものがまるでない彼女に何度となく振り回されてきたが
彼女の中にある不揃いな常識は興味深く惹かれることもあり、
未だどう対処すべきか分からずにいる。

とりあえず、今日のことはお仕置きが必要だとほくそ笑んだ鴎外は
「こら、芽衣。いい加減に起きなさい」そう声を掛け、細い肩をゆする。
それから、ゆっくり意識を浮上させる芽衣のとろんとした表情に
またしても複雑な心境になりつつ、顔に掛かった髪を耳にかけてやれば
芽衣は鴎外を映した大きな瞳を細めて「お仕事、お疲れ様です」と笑んだ。


「全く…芽衣。僕は怒っているのだよ」
「はい…?」
「人の往来のある場所で昼寝など、無防備にもほどがある」
「あ…すみません。日差しが暖かくて、つい」
「それでも、だ。お前の愛らしい寝顔を誰かに見られたかもしれないと思うと…」


不快だ。反吐が出る。破壊衝動に駆られる。
続く言葉は綺麗なものではなく、どうにか飲み込むも
芽衣は首を傾げて、続く鴎外の言葉を待っているようであった。
その無垢な瞳に醜い感情をぶつけ、自分だけしか映らないよう
支配してしまおうかと物騒な考えが過ったものの
結局、芽衣に嫌われることを恐れ、曖昧な笑みを浮かべるに留めた。


「疲れているのなら、無理して弁当を届けてくれなくてもいいのだよ?」
「いえ。疲れてなんていません」
「そうかい?だが、本当に無理はいけないよ。
そもそも、授業が終わる前から待っていなくても
昼休みが始まった頃に来てくれていいのだが…」


その方が鴎外自身、安心できるというのもあったが
何よりも、意識を失くし、本格的に寝入ってしまうほど長い時間、
この場所で待っているらしい芽衣を思ってのことだった。
しかし、芽衣は鴎外の言葉に暫しきょとんとしていたかと思えば
膝の上に置いた弁当へ視線を落とし
「待ってますよ」と早々に答えを出してしまう。


「私、鴎外さんを待っているこの時間が好きなんです。
お弁当を喜んでもらえるかなとか、
私が作ったものを美味しく食べてもらえるかなとか、考えるのが幸せで」


今日は眠ってしまったけど、と少し照れたように話す芽衣が愛おしくて。
愈々何も言えなくなってしまった鴎外は
溜息を零しつつも口元はすっかり緩みっぱなし。
黒を塗り潰すみたいに溢れる淡い想いをもって
芽衣の身体を抱きしめたなら、戸惑いと抵抗の声が上がるけれど
たまには彼女も愛に振り回されるべきだとして、腕の力を強めた。


「鴎外さん、こんなところで…誰かに見られたら」
「おや、それをお前が言うのかい?」
「…それとこれでは話が違うと思い、っ!」


困ったように拗ねたように、頬を膨らませて反論してくる芽衣に
その言葉を奪うも等しく口付ければ目の前に捉えた琥珀色の瞳は揺らぎ、
頬はじんわりと熱を持ち始める。

寝顔を晒した罰でもあったのだけれど真っ赤になって照れる芽衣に
これは不味いことをしたなと愛らしい赤ら顔を胸の中に隠した鴎外は
このまま彼女を閉じ込めておきたいと本気で思うのだった。








End




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