空想テキ月喰罪
鴎外×芽衣
明治残留ED


嫌な夢を見たせいか、暁8つの鐘も鳴り終らぬ刻に目が覚めてしまった。
その夢がどのようなものだったのか
意識が現実に向いた瞬間に薄れてしまったため、
幾ら語彙が豊富な鴎外とはいえ、上手く言い表すことはできない。

ただ、じとりと心をも湿らすような汗と治まる気配のない胸騒ぎに
このまま夢の中へ戻っていく気にはなれず。
シーツに包まっていた身体を起こした鴎外はベッド脇の洋灯を灯した。
とても明るいとはいえないそれだが温かさを感じることはできる。

春というには早い時期とはいえ、今宵はやけに冷える。
なぜか室内に夜風が吹きこんでくるようで、
不思議に思った鴎外が洋灯の明かりが届かずとも
月の光に照らされた窓辺に視線を投げたなら、
戸締りを確認したはずの窓が開いていることに気付く。

窓枠に切り取られた夜空には赤みがかった満月が浮かんでおり
落ち着きかけた心がどくんと跳ねたのを機に騒ぎだす。
大丈夫、芽衣はすぐ隣で眠っているはずだと
自分に言い聞かせてみても嫌な予感は拭えず。

こういう時の予感は大抵当たるものだと益々怖くなりながら
振り返り、視線を落としたところ案の定。
そこにあるのはシーツの抜け殻で。温もりさえも残っていない。

何度も満月の夜を越えてきたというのに、どうして今更。
そんなことを考えながら満月を睨みつけた鴎外は
寒さも忘れてベッドから飛び出すと、芽衣を探して駆け出した。


「っい…芽衣!」


今にも消えてしまいそうな小さな明かりが零れるサンルームに飛び込むと
こちらに背を向けて椅子に座った人影が見えて。
それは本当に芽衣だろうかとどこか疑いを持って名前を呼んだなら
彼女はまるで悪戯がバレた子供のように肩を震わせ、おずおずと振り返る。

大きく見開かれた鼈甲色の瞳から視線を絡み取れば
腕の中に閉じ込めたような安堵を得ることができる一方で
なぜか先程から、決まり悪そうにした芽衣が気にかかる。
不思議に思って「子リスちゃん、どうかしたのかい?」と声を掛けたなら、
芽衣は大袈裟なまでに首を横に振り、
持っていた何かをじりじりと後ろに隠そうとする。


「それは何かな?子リスちゃん?」
「あ、えと…3時のおやつ、みたいなもので」


隠されたそれが食べ物であると気付き、意地悪く問うたところ
芽衣は動揺交じりに訳の分からないことを言う。
「3時のおやつ?」と聞き慣れないフレーズを繰り返したみたところで
言い訳になるという自信があるらしい彼女はこくりと大きく頷くだけ。

きっと彼女の生きていた世界では通じるのであろうそれが面白くなくて、
鴎外は納得することもなく芽衣の隣に腰掛けた。

そんな行動が食べ物を分けてもらえず、
不貞腐れているように取られたのかもしれない。
芽衣は「鴎外さんも食べますか?」と申し訳なさそうに言って
隠していた皿をずるずると引っ張り出してくる。


「ご近所の方から戴いた野いちごなんですけど…」
「お前はそれをこんな夜更けに1人で食べていたのかい?」
「っ、今晩は何だか目が冴えて…起きていたらお腹が空いてしまって」


もちろん鴎外の分も残しておくつもりだったと話す芽衣だが
底の色が見えるほどに、皿の中身は空に近い。
とはいえ、彼女が食べ物に関して遠慮のないことは重々承知しているし
そんなところも可愛いと思ってしまうため、突っ込むことはしない。

何より、野いちごなんてありふれたものを
食べられなかったからといって、むくれるほど子供ではない。
「少し酸っぱいですけど、プチプチしていて美味しいですよ」と
まるで初めて食べるような純粋で素直な反応を眺めているほうがずっと良い。


「あの、食べないんですか?」
「ん?あぁ。では一粒だけ頂こうか」
「はい」


美味しさを共有できることが嬉しいのか
鴎外が皿から一粒取り出したところ、彼女の表情は綻んだ。
のちに「残りはお前が食べなさい」と声を掛けると
一瞬、躊躇いを見せたが、最終的には一層愛らしい笑顔を咲かせた。

鴎外は幸せそうに野いちごを頬張る芽衣を暫し見つめてから
自身の手の中にある一粒に視線を落とす。
光の加減によっては赤にも黄にも見えるそれは、月を思わせた。

芽衣の心を奪おうとする忌々しい満月。
今夜も彼女は眠れないからと月を見ていたに違いない。
しかし、密会の最中に彼女は野いちごを思い浮かべ、食欲に負けたのだから、
美しい満月に『ざまあみろ』と言ってやりたくなる。

しかし、ふと冷静になってみると
鴎外自身が月に勝ったというわけではないため、笑ってばかりもいられない。
ちらりと視線を隣に向けたなら、皿の中身を全て平らげた芽衣が
大きな窓から見える、際限のない空を見上げている。

そんな彼女に掛ける言葉もないまま、月に似た野いちごを口の中に放り込む。
そして、甘酸っぱいそれをじっくり味わいながら
あの月も砕いて飲み込んで溶かしてしまえたらいいのにと考えるのだった。








End




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