Blue×Holiday
契×市香
契√ GOODEND


皺一つなかったベッドにシーツの波を立てながら身体を沈め、
灯りの消えた室内に微かに差し込む月明りから逃げるように瞼を閉じる。
そうして見えてくる暗闇にぼんやり微睡んでいると
次第に意識は薄れて気が付いた時には憂鬱な朝を迎える。
それがいつもの一日の終わりと始まりであった。

覚えていないだけなのか、熟睡しているためか、契が夢を見る夜は滅多になく。
日頃会えない分、夢でくらい市香に会いたいものだと思ったりもするのだけれど
そんなことを考えながら眠った夜には決まって悪夢に襲われる。

彼女と手を繋ぐために伸ばした手を払われ、
怒っているような悲しんでいるような、
辛そうな表情を浮かべた市香はそのまま何も言わずに去っていく。
現実であれば追いかけることができただろうがこれは夢の中。
身体が水を含んだみたいに重たくて。
彼女の名を呼び続けたところで届くこともない。

彼女の側にいたい。色んな話をしたいし、笑顔を見ていたい。
彼女に触れて、キスをして。ずっとずっと一緒にいたい。彼女と生きたい。

そんな願いが溢れたところで、頬を伝う涙の冷たさに目が覚める。
そこにあるのはいつもと同じ眩しい朝だというのに、ひどく苦しくて。
皺の寄ったシーツをそっと撫でながら、ここに市香がいてくれたならと
深い溜息を吐くのだった。



「岡崎さん?どうかされましたか?」


それからのことはあまり覚えていない。
ただ、こんな日に嫌な夢を見たなという認識のまま
楽しみ半分、憂鬱半分に出掛ける準備をして。気が付けば市香に心配されていた。
夢なのだからすぐに忘れるべきだと分かってはいるのだけれど
普段夢を見ない分、線引きが曖昧になっているようで
鮮明に残るそれが次の瞬間に目の前で展開されることを恐れてしまう。


「何でもないよ。ごめんね、折角のデートなのに心配かけちゃって」
「そんなことはどうでも良いんです」


誤魔化そうとする契を咎めるように強い口調で言い切ったかと思えば
明日世界が終わるのではないかと危惧するかのような眼差しで
「本当に大丈夫ですか?」と不安の滲んだ声で問うてくる。

そんな市香に甘えて、全てを話し縋ってしまおうかとも考えたけれど
やっぱり情けない自分は見せられず。


「う〜ん…ただね、市香ちゃんのことが好きすぎて
どうにかなっちゃいそうだなぁって思っただけだよ」


その言葉は契の本心で、決して嘘をついているわけではなかった。
それは市香にも伝わっているようで頬がほんのり色付いたのが分かる。
一方で肝心なことを言ってくれない契を歯痒く思う気持ちもあるらしい。
ふいっとそっぽを向いてしまう彼女に契はすっかり困ってしまう。

彼女を前にすると取り繕うための言葉一つも出てこなくて。
「俺は大丈夫だから。ほら、もう行こう」そう投げ掛けた言葉には
微かに緊張が滲んでいた。

久しぶりのデートなのだ。
行きたいところも、やりたいことも、話したいことも沢山ある。
駅前ということもあり、忙しない人の流れに責付かれるようにして
歩き出そうとした契だったが、市香と手を繋ぐため伸ばした手が
触れる寸で動かなくなった。


「岡崎さん?」


彼女の手に触れた瞬間、振り払われることが怖かった。
それは夢を見たからというわけではなく。
直接的な原因は初めて2人で過ごしたクリスマスの夜。
あれから2人の想いも関係も大きく変化したというのに
手を振り払われた痛みが未だ残っているらしい。

それを鮮明に思い出し、怖いと感じてしまった原因は確かに夢にあるのだが
いつだって契は市香の手を握る前に躊躇いを見せてしまうのだ。
『ねぇ、手を繋いでもいい?』と尋ねることもあれば
勇気を振り絞って、あと少しの距離を埋めることもある。
けれど今日はとてもそんな気にはなれなかった。


「岡崎さんはいつもそうです」
「え?」
「私に気を遣ってばかり…それは素直になれなかったり、
意地を張ったりしてばかりの私にも責任があるとは思いますが
私だって負けないくらい岡崎さんのことが好きなのに
好きの気持ちが一方通行だって思われているみたいで何だかズルいです」
「ズルいって…」


彼女が意地っ張りで素直でないとはいえ、
彼女の想いは十分に分かっているつもりでいた契だが
一方通行とまではいかないにしても、
自分のほうがずっと市香のことを好きでいるつもりでいたことは否定できず。
彼女の言葉が少し意外で、嬉しいような負けたくないような複雑な心情である。


「私が悩んでいたり、落ち込んでいたら、
岡崎さんは絶対にそれを聞いて解決しようとしていくれます」
「うん…まぁ、そうだけど」
「私も同じように岡崎さんの力になりたいって思うんです」


全てを見透かしてしまいそうな真っ直ぐな瞳が眩しくて。
思わず視線を逸らす契に寄り添い触れるのは優しい温もり。
手の中に花弁が舞い落ちたみたいに溶け込むそれは
幸せな夢を見ている気にさせる頼りないものだったが、
強く力を込められた途端、現実を示された気になって。
「私だって、岡崎さんと手を繋ぎたいって思うんですよ?」そう言われたなら
触れるのを躊躇っていた自分が嘘みたいに、彼女の手を握り返していた。


「やっぱり、市香ちゃんのほうがずっとずっとズルいよ」


彼女に好きだと言ってもらうたび、その温もりに触れるたびに
今までよりももっと好きになってしまう。
好きになる前は何の気なしに繋いでいた手に触れられなくなるくらい
苦しみや恐怖だって増えていくというのに、彼女への想いは溢れる一方。
綺麗なものばかりではない心の中を市香が知ったなら
きっと自分のほうが好きの気持ちが大きいなんて言えないはずだ。

とはいえ、こんなことで彼女と張り合う気は更々なく。
「ズルくても良いです」そう言って
繋いだ手に力を込める市香が示してくれた現実を確かなものにすべく、
その手を強く強く握って、歩き出した。







End



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