Peach×Promise
契×市香
契√ GOODEND



1月某日、新宿区内のホテルで開かれたのは
警察関係者を招いてのX-Day事件解決の祝賀会だった。
アドニスの中枢を押さえばかりで、新宿区内外に存在すると思われる残党は
その多くが尻尾を捉えることもできていないというのに暢気なものだと契は思う。

とはいえ、クリスマスから年末年始まで
不眠不休でアドニスを負い続けていたのだから
一晩くらい羽目を外すのも悪くないのかもしれない。
そう思えたのは他でもない、彼の生きる意味全てである市香が
祝賀会を楽しみにしていると言ったからだ。

彼女の所属している地域課ではここまで大きな宴はあまり縁がないだろうし
何より、新人である彼女には多くの警察関係者が集まる場が新鮮なのだろう。


「市香ちゃん、遅いなぁ…」


先程交わしたメールによると仕事が長引いて到着が遅れるという。
市香がいなければ会場に散りばめられた煌びやかな装飾も
テーブルに並べられた一流シェフの料理や上質な酒も、
事件解決の功労者として投げ掛けられる称賛も、何の意味も持たない。

SPとして各界の要人を護衛する立場にある契は
こういった華やかな場に何度となく訪れているけれど、
相変わらず落ち着かなくて。

折角、市香に意識してほしくて選んだスーツも
それを纏った自分も色褪せているようで。
この場に不釣り合いな気がした。


「星野じゃないか!」
「おいおい、見違えたな!」


ふと聞こえてきた声は決して彼女のものではなかったが
周囲の雑音を打ち消して、契の耳に届いた。
刹那、逸る気持ちに勢い付いたまま振り返ったなら
探し求めていた市香の姿を見つける。

深みのあるワインレッドのパーティードレスを身に纏った彼女は甘くも刺激的で。
短めの裾がふわふわ踊るように揺れるたびに落ち着かない気分にさせられる。
更に、腰にまわった大きなリボンは
彼女が自分の為に用意されたプレゼントであると錯覚させるから
契は喜んでそれを受け取るべく、歩き出した。


「市香ちゃん」


いつもと違う彼女に魅了され群がる男性陣はお構いなしに声を掛けたなら
幾つもの称賛に戸惑っていた市香は途端に笑顔を咲かせ、歩み寄ってくる。

周囲には目もくれず。
何十年ぶりの邂逅であるかのような再会を果たした2人はとても絵になっていて。
契が牽制するまでもなく、周囲にいた者は去っていく。
そのことに安堵する契に対し、市香は再び困り顔を浮かべ
「やっぱり、派手だったでしょうか…」そう呟いて
周囲を気にする仕草をみせた。


「大丈夫。よく似合ってるよ」
「そうですか?」
「うん。すっごく綺麗でビックリしちゃった」


本心を口にしたところ、市香はぎこちなく微笑んで礼を言うと
桜川と向井にコーディネートしてもらったことを話してくれた。
その間も契は照れたような困ったような色を浮かべた彼女を不躾に見つめる。

市香が目の前に現れてから世界は鮮やかに色付いた。
特別な誰かのために死にたいと望んでいた日々が嘘のように
光も音も空気も、この世界の全てが2人のためにあると錯覚してしまう。

この場に相応しく彼女をエスコートすべく、肘を曲げ脇を軽く差し出せば
市香は少しの照れをみせながらも当然のように腕を絡めてくれる。
そうして歩き出す2人はスポットライトが当たっているみたいに目映く。
美しい彼女へ向けられる幾つもの視線だって影に追いやられる。


「俺を選んでくれて、ありがとう…」


思わず口に出た言葉は周囲の雑音に掻き消された。
ウエイターが差し出す桜色のソフトドリンクを受け取る市香には届いてなくて。
良かったと思うべきか、残念だと思うべきか。
暫く悩んだ末に前者の思いが強いという結論に至る。
それはきっと今の気持ちを余すことなく伝えるのが難しいと思ったからで。

例えば、市香との出会いがこの会場だったとしたら
きっと2人は視線が絡むこともなく。
既に彼女の隣には別の誰かがいた可能性だってある。

彼女と出会ったこと、特別だと感じたこと、恋に落ちたこと、
彼女の側にいられること、それら全てが今の自分を形成している。
一つでも欠けていたら、そう考えると恐ろしい。


「岡崎さんは何を飲まれますか?」
「あぁ…えっと。俺も市香ちゃんと同じものにしようかな」
「お酒じゃなくて良いんですか?」
「うん。何かあった時、市香ちゃんを守れないといけないし」
「な、何かって何ですか」

至極真面目な解答だったのだが
市香はあんぐり口を開けたのち呆れた声で尋ねてくるから
契は肩を竦め「君を狙ってる男は多いんだから、気を付けて」そう言って
大袈裟に周囲を見回してみせた。

刑事ドラマ宛らにシリアスな口調で言ったところで
市香はよく分からないといったふうだったが、
心配する気持ちが少しでも伝わったらしい。
「だけど、私だって守られてばかりだって自覚しているんですよ」と
申し訳なさそうに手元のグラスへ視線を落とす。


「私はいつも突っ走って迷惑ばかりかけて…
X-day事件が解決できたのだって岡崎さんがいたからです」
「そんなことないよ。市香ちゃんは十分頑張ったじゃない」
「いいえ。私、今回のことでもっと強くならなきゃって思ったんです」


次に顔を上げた市香は瞳に煌めく未来を映しており、強い決意が窺えた。
また無茶をするのではないかと不安に思った契だがそれを咎める前に
「私は守られる為じゃなく、支え合う為に岡崎さんの傍にいたいですから」
なんてことを言われては溜飲も下がる。


「分かったよ…だから、忘れないで。
支え合うってことはお互いの背中を守るってこと。
どちらかがいなくなったら、もう一方も背後を取られて死んじゃうってこと」
「分かっています。だから、私は絶対に死ねないんです。
私、岡崎さんには絶対に生きていてほしいですから」


市香は「約束です」そう言って持っていたグラスを軽く持ち上げるから
契は何かを吹っ切るように自分のグラスをそれにぶつけ、約束を交わした。

カチンッと交わるその音に合わせてグラスの中の液体が揺れて、弾ける。
それを口にした市香は幸せそうに微笑んでいて。
彼女に倣ってグラスを唇に寄せ傾けた契は
流れ込んでくるいくつもの感覚に眩暈を起こす。

自分は酒を飲んだのではないかと疑いそうになりながら
飲み干したそれは、甘くて苦い約束の味がした。






End



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