Pale×Secret
契×市香
契√ GOODEND


ふわふわな綿を千切ったような雲と
甘く香るピンクの花弁が流れていく春らしい空の下に佇むオープンカフェは
まるでドールハウスのように可愛らしく、女の子が好みそうで
きっと市香も喜んでくれるだろうと思っていた。

すぐ隣の道をせかせかと歩く人波とは対照的に
穏やかな時間が流れるこの店に入って暫く
契は目の前の仏頂面に何と声を掛けようか決めかねていた。
待ち合わせ場所に来てからずっと心ここにあらずといった様子の市香に
何度かその理由を問うてみたが「何でもない」の一点張り。
彼女がそう言うのならとここまで追及はしなかったが、
そろそろ心配も頂点に達しようとしたところで
契は咳払い一つして切り出すことにした。


「ねぇ、市香ちゃん。今日はずっと上の空だけど、何があったの?」
「あ、いえ…特に何も」
「嘘だ。何か心配事でもあるの?それとも、俺とのデートが退屈だった?」


悲し気に目を伏せて、少し意地悪な聞き方をする。
すると慌てたらしい市香は「退屈なんて、そんなこと絶対ないです!」と
大袈裟なまでに否定してくれるから、契の口許が綻ぶ。
同時に彼女の優しさに付け入るチャンスだとして質問を重ねたところ
暫し躊躇うような仕草をみせた彼女も諦めたらしい、
「実は…」と重たい声音で切り出した。


「え…弟君に恋人?」
「はい…」


近頃、電話やLEAFを多用している姿をよく見るとか
バンド以外の用事で出かけることが多くなったとか
幾つかの理由を挙げて親しくしている女性がいるに違いないという彼女の話を
契は疑い半分、期待半分で聞いていた。


「もしそれが本当なら良かったじゃない。弟君にも春が来たってことでしょ」
「それはそうなんですけど…やっぱり心配です。
その子が悪い子だとは思いたくないですが、もし騙されていたりなんてしたら」


心配で顔を真っ青にする市香の様子に
暫く弟離れはできそうにないなと眉を寄せる契だが
彼女の落ち込んでいる原因が分かって安心したというのが本音である。

そして、どうにか市香に元気になってもらいたい契は
ここまで手を付けられずにいた目の前のケーキにフォークを差し入れると
白くてフワフワの欠片に「ほら、市香ちゃん。あーん」という言葉をのせて
彼女の口元へと持っていく。

しかし、市香は差し出されたそれに気付くより先に
何か気になるものを見つけたらしい。
不意に彼女の視線が別の方へ向いたかと思えば
「香月?」と呟いて固まってしまう。

行き場を失ったケーキをそのままに彼女と同じ方を見遣ると
確かにそこには彼女の弟、香月の姿があって。
その隣に同い年くらいの女の子を連れているとなれば
先程の市香の話が一気に現実味を帯びる。

仲良さげに歩いていく2人に衝撃を受けているらしい市香に
契は何と声を掛けようか考えながら、
彼女に食べてもらうはずだったケーキを自らの口に放り込む。
柔らかに溶けていく甘い甘いそれ。
決して不味くはないが早々に飽きてしまった契は
フォークを置いたその手で市香の腕を掴むと
「追いかけよう」そう言って彼女を引き駆けだした。



「お、岡崎さん…気付かれたら大変ですし、やっぱり止めませんか?」
「大丈夫。前に言ったでしょ、俺、尾行とか大得意だって」
「それはそうかもしれませんけど…」
「気配を消して、この距離を保てば大丈夫だよ。
市香ちゃんだって今まで俺の尾行に気付いたことないでしょ?」
「え…ちょっと待ってください!その言い方だとまるで
今まで何回も尾行したことがあるように聞こえるのですが…?」


市香がひどく困惑をみせて突っ込んできたものだから契は首を傾げた。
自分はただ彼女に安心してもらいたかっただけなのに
何か間違ったことを言っただろうかと悩んだのは一瞬で。
信号待ちで止まっていた対象が動き出したのを確認すると同時に表情を一変。
市香の手を引いて、後を追いかけることに専念することにした。


「あの制服、香月と同じ高校みたいです…」
「確かに仲は良さそうだけど、付き合ってるようには見えないけど」


契の言葉は届いていないのか、市香は否定も肯定もせず熱心に2人を見つめ
気付かれてしまうのではと契が冷や冷やするほどの距離まで近付こうとする。
刹那、香月がこちらを振り向く気配を感じた契は透かさず市香の腕を引き、
人ひとりが通るのがやっとというほどの狭い路地に身を寄せた。


「お、岡崎さん…」
「シィッ、静かに。弟君に気付かれちゃうよ」


抱き合うように触れたそこから伝わる体温は火傷しそうなほど熱く。
小声を交わすには煩すぎる鼓動の音は激しさを増していく。
それは尾行中であるという緊張感と相まって、刺激的な時だった。

そんな甘ったるい2人の気配に気付いたとでもいうのだろうか。
ふと香月の視線がこちらに向いたような気がした。
それを裏付けるように香月は明らかに慌てた様子を見せると
傍らにいる彼女の腕を強引に引いて足早に去っていく。
その不躾な対応に契はやはり2人は付き合ってなどいないのだろうと
ぼんやりとだが答えに行き着いた。

対して、契の腕の中で一杯一杯になっていた市香が
我に返った時には2人の姿は人波に消えた後で。
その落胆ぶりを見ると申し訳なくなるも
このまま、彼女を腕の中に閉じ込めていたいと考える契には都合が良かった。


「そんなに落ち込まないで、市香ちゃん。
同じ男として分かるんだ。弟君はあの子のことを友達としか見てないよ」
「…岡崎さん」
「それに、弟君が心配なのは分かるけど
そろそろ俺のことも気に掛けてくれないと拗ねちゃうからね」


わざとらしく頬を膨らませて言ったなら
市香はほんの一瞬、弟が去っていった方向を見遣ったのち
「そうですね」と不安を明るく断ち切って、今来た道を戻るべく身を翻す。
漸く見ることができた彼女の笑顔はデートの続きを期待させた。


「折角のデートなのに巻き込んでしまって、すみませんでした」
「別に巻き込まれたなんて思ってないよ。
俺が尾行しようって言いだしたんだし、それに結構楽しかったから」
「ですが、やっぱり尾行は良くないと思います」
「…そう、だね」
「本当に良くないですよ?」
「はい…」


先程の話を引きずっているらしい市香に二度と尾行をするなと言われたようで
契は今更ながら余計なことを言ってしまったと後悔する。
とはいえ「それじゃ、行きましょ」そう言って
足取り軽く歩き出す彼女を堂々と追いかけるのは悪くない。
楽しく揺れる彼女の背中をいつ抱き留めようか、そんな企みも潜めつつ
契は彼女を追って駆けだすのだった。





end



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