コントラストの心象
隼人→←ツグミ
隼人√「天地神明にかけて」


本日も本屋を巡ってきたけれど、稀モノはおろか和綴じ本も見つからず。
何事もなく一日を終えられることに対し、安堵すべきところではあるが
胸中はどこか物足りなさを感じていた。
同じく、見上げた空は紺なのか橙なのか曖昧な色をしており
いつもより早く仕事が終わったことが分かる。


「あいつのほうはどうかな…」


そう呟いてから思い知るは自分の中の彼女が占める割合。
彼女に似た影を見つけたならつい目で追ってしまうし
人込みに出会えばいないと分かっていてもその姿を探してしまう。
美味しいものを食べたなら彼女にも食べさせてあげたいと思い、
彼女が好きそうなものを見つけたなら思わず手が伸びる。

先日の告白が失敗に終わったとはいえ
あの日を境に少しずつ意識し始めてくれていることは伝わってくるから
浮かれている自覚はあった。

今も、まだ終わっていないであろうツグミの巡回に
合流できれば良いなという思いから真っ直ぐ寮に帰ることはせず。
彼女の本日最後の巡回先である杙梛の店へ足を向けていた。
実は隼人にはツグミと杙梛について少し気になることがあり
それを確かめる好機であると意気込んでいたりもする。
反面、少しの憂慮もあったりして。これまたはっきりしない心情であった。


「え…隼人。どうしてここに?」


画策していた通り、店につく前にツグミの姿を見つけることができたのだが
隼人に気づいた彼女が喜びを見せることはなく。
ただひどく驚いているようであった。
自分の巡回が早く終わったから合流したいと思ったことを
誤魔化しなしに説明したところで彼女の表情は強張ったまま。


「う〜ん…とりあえず、最後は杙梛さんの店だろ?行こうぜ」
「…あの、隼人も来るの?」
「え、何で?わざわざ合流したんだから一緒に行って2人で帰るだろ?」
「っ…そう、よね」


納得したふうにはみせているが、声には困惑が滲んでいる。
隠し事の苦手なツグミだから順を追っていけば答えは導き出せるだろうが
生憎、隼人はそんなに気の長い人間ではない。
彼女に関しては特にそれが顕著で
「杙梛さんと何かあった?」なんて率直に問うほどだ。


「ど、どうして?」
「う〜ん…なんか最近、杙梛さんの店に通いつめてるみたいだし。
今も店に1人で行きたがってるみたいだし?
貴女を好きな俺としてはすごーく気になるわけですよ」
「っ…そ、そういうことをさらりと言わないで」

愛の言葉に頬を赤らめる彼女に希望がないわけではないと思う。
だからこそ、彼の店に何があるのか、
そしてそれを隠そうとする理由が気になる。


「俺は隠し事なしに本心を言っているだけだよ?」
「っ…」
「久世は?本当のこと教えてくれないの?」


我ながら意地悪な聞き方だとは思う。
答えなければならない雰囲気に狼狽えるツグミを可哀想に思う気持ちもある。
それでも隼人が言ったそれを引っ込めることはなく。
真っ直ぐな眼差しをもって答えを急かす。


「実は杙梛さんに聞きたいことがあって…」
「聞きたいこと?」
「もうずっと教えて欲しいと言っているのだけれど答えてくれないの」


ツグミの答えに生まれる新たな疑問。
当然、隼人は尋ねようとするも彼女は先回りして
「個人的なことだから。これ以上は何も聞かないで」と言うから
やり場のなくしたそれはごくりと飲み込まれる。

拗ねたように唇を尖らせてみても、
妙なところで頑固なツグミが答えをくれることはなく。
これは杙梛に酒を奢るなどして尋ねるほうが早いかもしれない。
そう考えた隼人は彼女が口止めする前に店へ行こうと悪戯に笑い
刹那、駆けだした。

それに遅れてツグミも隼人の思惑に気付いたらしい。
「隼人!待って!」なんて、必死な声とともに追いかけてくる。


「っ、はや…どうして、そこまでっ」
「こうなりゃ意地だよ!意地!」
「なっ!意地になられても、困るわ!」


隼人ならツグミを引き離すくらい簡単にできたけれど
僅かながら後ろめたさを感じているせいか
会話ができる程度の距離を保ったまま走り続けた。

既に息を切らしているツグミに対し、隼人にはまだまだ余裕があって。
こうして2人で追いかけっこしていることが楽しくもなってくる。
だから、目当ての店が見えると惜しい気がして走る速度を緩めてしまった。
結果的に店の前でツグミに追い付かれてしまい
荒い息をそのままに必死になって腕を掴んでくる彼女に隼人は白旗を上げた。


「ごめん…ちょっと意地悪だったよな」
「は、やと…?」
「お前が他の男と仲良くしてるって思うと面白くなくて、
お前について知らないことがあると不安で…つまんない嫉妬だよ」


もう少し冷静に、紳士的に。そう考えてはいるのだけれど
どうしても焦って。格好悪い姿ばかり見せてしまう。
呆れられてしまっただろうかと伏せていた視線を上げたなら
殆どの橙を飲み込んだ紺色の世界の中で
夕日のような温かな笑みを浮かべたツグミが佇んでいるのが見えた。


「隼人だけじゃないわ。私だって必死になっていたの。
こんなに全速力で走ったのなんて初めてだし…
杙梛さんの店に通っていたのだって、どうしても欲しいものがあったからで」
「欲しいもの?」
「…隼人が私に似合うと言ってくれたイヤリング、です」
「っ!」
「買おうとしたときには他の誰かに買われていて…
杙梛さんに聞いても買った人のことは教えられないって言われて。
だけど、どうしても諦められなくて何度も教えてほしいとお願いしているの」


ツグミの話を聞いて甦るは、押し込めていた想いが溢れたあの日。
半ば勢いでした告白は気持ち半分も届かなかったとは思うけれど
隼人にとっては忘れることのできない一コマであり、
その切っ掛けとなったイヤリングには思い入れもあった。

何よりも貝で花弁を象ったイヤリングはきっと彼女に似合うだろうとして
いつの日か、改めて告白をするときに
当時の想いを添えて贈りたいと考えていた隼人は
買っておいて正解だったと密かに笑みを浮かべる。

杙梛がどうして購入者を教えないでいるのかは分からない。
隼人のためかもしれないし
彼の中にあるツグミへの好意によるものからなのしれない。
その点について些か気掛かりではあるが、
まずは彼女の想いを知りたくて目の前を見据える。


「あのさ。お前があのイヤリングに拘る理由なんだけど…」
「…だ、だって初めてだったんだもの。
装身具を似合うと言ってもらったことも、告白も…私にとっては大切な出来事で
その一部が他の誰かに渡ったことが悔しくて。私だけのものにしたくて…」


彼女の中で隼人の占める割合が大きくなっている。
喜ぶべきところではあるけれど、
肝心なことを言ってくれないもどかしさも確かに感じていた。
混在する感情に対し、自分が今どんな顔をしているのか分からなくなって。
綺麗なものばかりではないそれを知られることを恐れ、隼人は目を伏せる。


「じゃあさ、もしイヤリングの購入者が見つかって
その人が絶対に譲れないって言ったらどうするんだ?」
「…私にはお金も何もないけれど、出来ることは何でもするつもり」
「ふ〜ん。そうなんだ」


以前から箱入りだとか無防備だとかいう印象を抱いていたけれど
何でもするなんて簡単に言われては、隙を見せた彼女のせいにして
いっそ奪ってしまおうかという考えが過る。
誰かに奪われてしまう前に、とそこまで考えたところで
彼女には誠心誠意でいたいという想いを思い出した隼人は
相変わらず矛盾ばかりの自分を嘲ると同時に反省し
ここで全ての手札を見せることにした。


「お前のいうイヤリングさ。俺が持ってるんだよ」
「え…?」
「買ったのはお前と同じ理由。
嗚呼、あとイヤリングを付けた久世を見たかったからかな」
「そ、それじゃ譲ってくれるの?」
「そこなんだよなぁ…お前に贈りたい気持ちもあるけど、
このまま何もなしにっていうのは惜しい気もする」


さて何をしてもらおうか、なんて悩んで見せたなら
イヤリングを買ったのが赤の他人ではなく隼人で良かった、と
安堵していたツグミの表情が一瞬にして曇る。
何でもするなんて言った先程の自分を後悔しているらしい彼女に
これを機に無自覚に相手を煽る発言を控えてほしいものだと願うばかり。


「お前は自分には何もないって言ったけどさ。俺はお前が欲しい」
「っ!」
「そんなに怯えなくても交換条件になんてしないよ。
ただ、これからは杙梛さんの店に通うんじゃなくて俺を見てほしいんだ。
それで覚悟ができたらイヤリングだけじゃなく、俺の全部をもらいにきてほしい」


彼女の想いがまだまだ足りていないことを知った隼人の提案に
ツグミは意外そうに瞬きを繰り返したのち
「隼人が優しいのか意地悪なのか、分からなくなったわ」そう言って
難しい顔で悩み始めるから、隼人は心外とばかりに肩を竦め、
自分ほど誠実で優しい人間はいないとおどけてみせた。


「さて、話もまとまったところで…」
「隼人?」
「さっさと巡回終わらせて帰ろうぜ?」


意気揚々と声を上げた隼人は自身を引き留めるため
腕を掴んだままでいたツグミの手を逆に捕まえると、そのまま店の中へ。

強く繋いだ手と彼女の照れ顔を店主に見せつけて。
本日は晴れやかに業務を終えることができそうだ。





end




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