アザレアの胸花
隼人×ツグミ
GOOD「天地神明にかけて・再」


無意識に息を詰めて扉を開けたものの、
訪問を拒むように古い本の匂いが染みた空気が圧し掛かってくる。
加えて、主が戻らぬ書庫は石油ランプが使われておらず真っ暗だ。
先へ進むことを躊躇われるところだが、
隼人はすっかり慣れたものとして前へ進む。


「やっぱり、ここにいた…」


隼人にアウラは見えないけれど
稀モノに囲まれ、机に突っ伏し眠るツグミは
幾つもの光に照らされているかのように輝いて見えた。

暗闇に混ざることのない白い頬に触れて疲れの残る目元に指を這わす。
隠が去ってからというもの、ツグミは書庫に入り浸るようになっていた。
始めは彼の想いが残るそこで涙に浸っているのかと思ったが
よくよく話を聞くと、彼の代わりに稀モノの管理を行っているのだという。

『私ができることは限られているけれど、
隠さんが戻ってきたときに困らない程度には整理しておきたくて』

家族や仲間なんて言葉では言い表せない関係にある2人。
彼女の信頼を得ていることを羨み、
親しげに話す2人を見るたびに嫉妬していた隼人にとって
ツグミのその言葉はやはり心情を掻き乱すものであったが
隠が戻ってくることを望んでいるのは自分も同じ。
我儘な心を自制して彼女を見守ることに決めた。


「…決めた、んだけどなぁ」


彼女は本来の業務が終わると食事もそこそこに書庫に籠ってしまうから
真面に会話する暇もない日々に満たされない気分なのである。
それこそ、公園の姫を遠くから眺めているような。
マーマレード香る彼女を抱き止めるような。
片思いしていた頃を思い起こさせるもどかしい感じ。
隼人は青い息を吐くと頬杖を突いて彼女の寝顔に顔を寄せる。


「おーい、ツグミ。そろそろ起きないと悪戯するぞ?」


そんな言葉を投げかけてみたけれど夢の中まで届くことはなく。
言葉通りに悪戯な笑みを浮かべた隼人は
固く閉ざされた瞼をなぞって、薄ら開いた唇を突く。
無防備な寝顔に触れると僅かに渇きが癒えた気になるけれど
次の瞬間にはもっと欲しくなってしまう。

欲しくて欲しくてたまらない。
こんなにも満たされない感覚を果たしてツグミは持ったことがあるのだろうか。
彼女には大切にしているものが沢山あるのだと理解しているし
誰に対しても平等に優しいところは彼女の美点だと思っている。
隼人のことを愛しているという言葉もきっと彼女の本心。

本当は不安になる必要なんてないと分かっているのだけれど
何よりもツグミが一番だと考える隼人の想いに
彼女のそれはまだまだ追いついていないように感じられて
時折、自分ばかりが好きなのだともどかしくなるのだ。


「おい、ツグミ。風邪ひく前にそろそろ起きろ」


際限ない欲に飲み込まれる前に彼女を起こそうと試みるも
余程疲れているのか、いくら身体を揺すってみても
眠り姫は夢の中から戻ってきてはくれない。
仕方なしに傍らにある書庫のソファで休んでもらおうと
お姫様にそうするように横抱きにする。

柔らかな身体を、甘やかな香気を意識しないように。
理性を総動員して彼女をソファまで運んだ隼人は
自身の羽織っている上着をツグミへ掛けようとしたのだが
刹那、脱ごうとしていた上着の袖口を軽く引っ張られ、
驚き目を見開けば浅緑色の瞳と視線が絡む。


「…は、やと?」
「悪い。起こしたよな」
「う、ん…?」


まだ半分夢の中にいるらしいツグミは緩慢な動きで目を擦り、首を傾げた。
合わせてみせるとろんと蕩けた表情であったり
舌足らずな喋り方であったりは幼い印象を与え、
くらり酩酊した隼人は夢とも現とも違う世界に飛ばされた気になる。


「隼人…私、嬉しいのよ?」
「え?」
「隼人の匂いがしたから…温かくてお日様に包まれているみたいで
もっと近づきたくて手を伸ばしたら本当に隼人がいて、嬉しいの」


とても寝起きが悪いというわけではないけれど
目覚めの一時は照れ屋なツグミが少しだけ素直になってくれる。
嬉しい言葉を愛しい彼女ごと強く抱きしめ、全てを奪いたいところではあるが
ツグミがあまりに幸せそうに微笑むから邪心も薄れる。

何より彼女も自分と同じくその温もりを香りを、
存在を求めてくれているという事実に感動し
枯れた心に光が差して狐雨が降るようであった。


「その言葉は嬉しいし、お前からの愛の言葉をもっと聞きたいところだけどさ。
ツグミ、まだ眠そうな顔してる…疲れてるんだろ?もう少し寝てな」
「え、でも…せっかく、隼人がいるのに」
「いいよ。俺はずっとここにいるから。夢の中にいるお前も
何かに没頭しているお前も、独り占めするくらい見つめてる」
「それはそれで恥ずかしいのですが…」


照れたように頬を染め、困ったふうに眉を寄せるツグミに
悪戯に笑いかけた隼人は今度こそ上着を掛けてやる。
そうして伝わる温もりにツグミは寝るのが勿体ないと言いつつ
そう経たぬうちに瞼を閉じてしまった。

再び眠りに落ちた彼女を見つめているだけで満たされる。
急くのが惜しいと思えるくらい甘く蕩けた時の中、
降り注ぐ幸せはゆっくり時間をかけて淡い色の花を咲かせた。






End




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