レゾンデートルの鳥籠
隼人→ツグミ→累
累√カグツチEND「帝都心中」


戻ってきた、とは違う。
取り戻したわけでも、保護したわけでもない。
手首で光る手錠と魘され眠る彼女の心情を思えば
捕らえた、なんて物騒なそれが一番しっくりくるのかもしれない。

以前はここが彼女の居場所であったことを考えれば
こんなことになる前に、鷺澤累と何度か言葉を交わす中で感じた不穏に従い
早くから引き離しておけば良かった。
フクロウを裏切り、本を燃やした罪悪感に震える彼女を
強引にでも連れ戻せば良かった。

そもそも稀モノ取り巻く因縁に引き込んでしまったことが間違いだった、と。
彼女へ手を差し出したあの夜を否定したくないと思いながらも
出会ったことへの後悔に飲み込まれてしまう。


「っ、ん…」


猛炎に飲まれゆくナハティガルからツグミを助け出し、
幸いにも軽傷で済んだ火傷の治療が終わってから、
隼人はずっと彼女の傍にいた。
付き添いを交代するから少し休めと命令に近いそれを受けたが
決して頷くことはなく。

出会ってから今までの後悔と彼女が目覚めてからの憂懼に
気が遠くなるくらい長い間、漂い続けて。早二日。
うつらうつらとした意識の向こうで、ぐずるような声と身動ぐ気配を感じた。
途端、くらりと眩暈を起こしそうなほどの強い衝撃を受けて飛び起きれば
固く閉じられていた瞼が陽の光を警戒しながら、
ゆっくり開かれるのが見えた。


「久世!目を覚ましたんだな!」


光に目が慣れた浅緑色の瞳は状況を把握するため暫く辺りを見回していたが
隼人が声を掛けると同時に天井を映して固まり、
刹那、涙を流した。

まるで目覚めたことを絶望するようなそれに
なぜ自分を助けたのだと問い詰められている気がして、
隼人は咄嗟に顔を背けた。


「っ、累は…どうなったの?」


尋ねておきながら、既に答えを知っているような調子で
はぐらかすことを許さない彼女を些か厄介に思いつつも
初めから誤魔化すつもりなんてなかった隼人は残酷な真実を口にした。

その答えにツグミは泣き叫ぶでも否定するでもなく、
深く息を吐いたのち、瞼を下ろしてしまう。
そのまま呼吸を止めてしまうのではないかと思えるほど穏やかで
隼人は思わず、銀の輪がかけられた細い手首を掴んだ。


「久世…俺たちのもとに戻ってこい」


ツグミに手錠をかけたのは、逃げないようにという理由からではない。
燃え盛るナハティガルにツグミがいると知り、
周囲の制止を振り切って炎の中に飛び込んだ隼人が目にした光景。
それは引き離すことを躊躇うほど固い絆で結ばれた2人の姿だった。
共に死ぬことを選んだ彼女が目覚めたなら、
愛する彼を追いかけようとするのは明らかで。
手錠で縛ってでも阻止したかったのだ。


「また置いて行かれたのね」
「久世…」


隼人には、彼女たちの間に何があったのかなんて想像もつかない。
だけど、ツグミのことなら誰よりも知っているつもりでいた。
世間知らずで、優しすぎて、自分より人のことを優先させてしまうお人好し。
不器用で泣き虫なくせに強がって、必死に前へ進んでいこうとする頑固者。
そんな危うい彼女を放っておけないと思うのと同じく、愛おしいと思う。

今ではもう遠い昔。恋に落ちたあの日から重ねてきた彼女への想い。
それは裏切られたからといって消えるものではなく。
今度こそ離したくないと、手首を掴んだ手に力がこもる。


「そんなに強く掴まなくても、
手錠なんてしなくても、私はもうどこにも行かないわ」
「っ!」
「追いかけるのに疲れてしまったの…」


その言葉がどんなに隼人を喜ばせたか彼女には分からないだろう。
一度は逃してしまった鳥が傷を負い、手の中に落ちてきた。
以前のように美しく歌い、凛と羽ばたくことはなくとも
彼女という存在を傍においておけることが、今は特別に思えた。


「私を助けた責任を、とってほしい…」


まるで生かすも殺すも自由だと言われているようで。
ごくり喉を鳴らした隼人は、彼女が自分のものになったことを確かめるため、
冷めた唇に自分のそれを重ねた。

彼女の居場所はカグツチでもフクロウではなく、自分の腕の中であればいい。
そうすれば傷付くことも独りに怯えることもないから。
隼人は飛ぶことを諦めた鳥を甘く優しい檻の中へ招き入れると
「俺の傍にいろ」その言葉をもって、扉を閉めたのだった。





End



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