ブラインドネスの星巡
隼人×ツグミ
GOOD「天地神明にかけて・再」


衝立の向こうで忙しなく動き回る影。
目の前の大きな鏡から、落ち着かない気配へ注意を移すと
ぶつぶつ御経のような声も聞こえてきて。
傍らにいる女中が申し訳なさそうに忍び笑いを浮かべていることもあり
ツグミは小さく咳払いののち「隼人…あの」と声を掛けることにした。


「っ、着付け終わったのか?」
「いえ。そうではなく…隼人が緊張しているみたいだから、心配になって」
「え!…っ、そりゃあ。緊張するだろ。何たって今日は…」


ツグミも彼の気持ちが分からないわけではなかった。
何たって今日は八代家と久世家の顔合わせの日。
互いに当主が多忙であるため、結婚の挨拶も兼ねており
ここにきて反対されるのではないかとツグミ自身も不安がないわけではない。


「だけど、ほら。最初、お二人は私たちを結婚させるつもりだったのよ?
しかもそれはこちらからの提案だったんだから、
私が緊張するならともかく、隼人は心配する必要ないと思うけれど」
「いや、その政孝氏の申し出で破断したんだけど…
それに今日のことで親父たちの間でどういう会話があったのかも気にかかる」


いつも自信満々な隼人らしからぬ不安げな物言いにツグミは肩をすくめる。
ツグミがそうであるように、隼人だって
どんなに反対されたところで諦めるという選択はないはずで。
むしろ彼なら、いざとなれば強引に押し切るくらいしてしまいそうだ。

だから自分には少し余裕があるのかもしれない、と
ツグミは目の前の鏡に映った自らの笑顔を見て思う。


「お嬢様、とてもよくお似合いで」
「そう、かしら…」


長く久世家に仕えてくれている彼女に言われると自信もついて。
「ご成功をお祈りしております」そう言い残し、
去っていく後ろ姿に慌ててお礼を言った。

のちに衝立の向こうで隼人と2人、
何か会話があっていたようだが気に留めることなく。
久しぶりの正装を窮屈に思いながら豪奢な帯に触れていたツグミだったが
そう経たずして「ツグミ。入るからな」と
待ち草臥れているらしい彼の声が投げ掛けられたため
改めて気を引き締めたのち、緩り振り返った。


「隼人?」
「あぁ、ごめん。あまりに綺麗で、見惚れてた」
「なっ…!」
「お前の新たな一面を見るたびに惚れ直してきたけど…
今回は、なんかもう狡いよな。すごい衝撃」


彼はいつでも感じたこと考えていることを真っ直ぐ伝えてくれる。
幾人からの好意に気付くことなく
公園の姫と呼ばれていたなんて知りもしなかった自分は
人より少し鈍感であるらしいから、助けられている部分があるのは確かだ。

それでも、称賛であったり愛の言葉は嬉しいと思う反面、気恥ずかしくて
どう受け取ったら良いのか未だ分からずにいた。


「良かった、と思って良いのかしら」
「え?」
「実はこの振袖…縁談のお話が出て
八代家へ御挨拶に行く際、着ていこうと思っていたものなの」
「そうだったんだ…」
「あの事件が起こらなかったら、
私は初めて会う貴方に凄く緊張していたと思う。
だけど隼人はきっと今と同じような言葉をくれたんだろうなって」


そう考えると、どちらにしても自分は彼に惹かれていた気がして
世界が2人のために動いているような満たされた気持ちになる。
そしてそれは、これから先、何が起ころうとも
2人で乗り越えられるはずだと予感させるから、
ツグミは希望に満ちた未来を瞼の裏に描いて、口元に笑みを色付けた。


「あぁー、ほんとお前は…
何でそんな幸せそうな顔でそんな可愛いこと言うかな」
「はや、っ!」
「お前を手に入れるため、打算してきた自分が情けなくなるよ」
「打算…?」
「まぁ、計算違いなことばっかりだったけどな…
だからこそ、俺にとってこうしてお前を腕に抱いている今が
奇跡みたいなものなんだ」


強く抱きしめられ、甘く切なく囁かれると
窮屈だと思っていた帯も気にならなくなって。
お気に入りだった撫子色の振袖に皺が寄るのも構わないと思えてしまう。

今度はこの幸せを失わないために必死なのだと彼は言うけれど
世界はもっと単純であるとツグミは思う。






End



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