デストルドーの対照
隼人→←ツグミ
BAD「消えることのない炎」



ツグミが目を覚ましたという知らせを聞いたのは巡回から戻ってすぐのこと。
久世ヒタキが誘拐され炎の怪人と対峙、
悲しい結末を迎えてからここまで目覚めぬ恋人を想い続ける一方で
今までと変わらぬ業務をこなす日々を送っていた隼人は
気持ちでは彼女が戻ってくるまで頑張れるとしながらもその疲弊は明らかだった。
そんな中で朱鷺宮から聞いたそれはあまりに突然で耳を疑いそうになるも
いつもは気丈な彼女が涙を浮かべて話すから現実を帯びたそれにより
凍りついた心がじわりじわり熱を取り戻す。

それからすぐに隼人は久世の屋敷に向かうべく動き出す。
すでに日は落ち、皮肉にもツグミと初めて顔を合わせたあの夜と同じ時間帯。
家を訪ねていくには非常識であることは自覚していたが
どうしてもツグミに会いたくて周囲の反対を押し切ってアパートを飛び出した。



「あぁ…尾崎様。よくお越しくださいました」
「こんな時間に失礼だとは思ったのですが、どうしても早く彼女に会いたくて」
「いえいえ。私どもは尾崎様に来て頂いて助かったと思っているくらいで…」
「え…?」


久世の屋敷に着くと夜分遅くに訪ねてきたのにも関わらず
家令である鴬地はいつもと変わらず出迎えてくれた。
その一方でツグミの目覚めを誰より喜んでいると思われた彼が見せる
切羽詰まった物言いと表情に不安を覚えた隼人は
彼女の部屋へと続く階段を見やりながら
「それで、ツグミさんは?」と早速切り出してみる。

すると鴬地は答え難そうに目を伏せたかと思えばふと思い切ったふうに顔を上げ
ツグミが目覚めてからこれまでのことを語り始める。
涙声で話されるのは傷付いたツグミの戸惑いと悲しみ。
予測していたことではあったけれど、
どう対すれば良いのか答えは見つからぬまま。


重い足取りで階段を上りながら足下に薄らと浮かぶ自身の影を見つめていると
傷を負った妹に何も言ってあげられなかった過去の自分を思い出すようで。
仕舞い切れなくなるほど溢れ出してきた後悔と
色濃くなっていく不安に沈む隼人だったが
不意にパリンッと弾ける破壊の音が聞こえたなら、現実へと引き戻される。


「っ、ツグミ!」


音がしたのは階段を上がってすぐにあるツグミの部屋からだった。
ずっと時が停滞していたはずのそこは今では不穏に包まれており
限界までネジを巻き、針が急速に回り始めた時計を思わせる
次の瞬間には壊れてしまいそうな空間に
隼人は恐る恐る、けれども性急に飛び込んだ。

そうして目の前に見えた光景は悲しくも美しく。
本来であれば逸らしたくなるようなそれに釘付けになるが
このまま黙っているわけにもいかず。
未だこちらの存在に気付いていないらしいツグミに駆け寄った隼人は
赤く汚れた彼女の手を掴む。


「は、やと…」


久しぶりに聞いた彼女の声はひどく掠れていた。
一瞬だけ合った瞳も霞んでいるようで。彼女の限界を知る。

ずっと声が聴きたい、固く閉ざされた瞼を開けて自分を映してほしい。
そう願っていた隼人にとって待ちに待った瞬間。
それが壊されようとしている今に胸が騒ぐ。


「っ、とにかく止血するぞ」


流れる赤は床に散った鏡の欠片を染めるに留まらず、
ぴったりとくっ付いた2人の影に溶け込んで水溜まりとなる。
対して指に腕に足に、切り傷を負ったツグミは青白くなっていくから
隼人は頬を伝う自身の汗に構わずポケットに入っていたハンカチ、
それだけでは足りないからと羽織っていたコートを破って傷口を押さえ、
騒ぎを聞きつけてきた鴬地や使用人らに指示を出す。

大慌てで薬や包帯を取りに向かう彼らの足音は
一斉に飛び立った鳥のようにあっという間に遠ざかり、
再び2人きりとなった空間で鏡の破片に映るツグミに今は亡き妹を重ねた隼人は
過去を繰り返してなるものかと「ツグミ、死ぬなよ」そう強い口調で投げかけた。


「出て行ってください」
「っ、ツグミ」
「誰にも会いたくないんです」


初めて言葉を交わした時のような余所余所しい口調で放たれたそれ。
平穏な日々が突然壊された戸惑いと怒りと恐怖、悲しみに傷付いても
決して運命から逃げることをしなかった彼女だというのに
今は全てを否定し拒絶しようとしている。
それが何だか信じられなくて、隼人は言葉を失う。

対するツグミは「ごめんなさい…」そう小さく呟くと
傍らに落ちていた掌よりも大きなガラスの欠片を手に取る。
そこに映る自分を厭うてか決して鏡を見ることはなく
ただ壊したいという感情のままに鏡を握った手に力を籠めるから
鋭いそれが皮膚を裂き、新鮮な赤が溢れ出す。
隼人が慌てて鏡を払い落としたなら弾けて粉々になるそれは赤い花弁のよう。


「ツグミ…もう止めてくれ!
これ以上、俺の大切な人を傷付けるのは例えツグミでも許さない」
「大切な、ひと…?」
「あぁ、そうだよ。どんな姿になっても変わらない。いや、寧ろ…
大事なものを守るために立ち向かったお前を美しいと、守りたいと思う」
「止めて…そんなこと言われても困るわ」


顔を背けて拒絶を露わにするツグミの姿に
上手く想いが伝えられない自分への苛立ちと
信じて受け入れてくれないツグミに対するもどかしさを感じた隼人は
彼女の肩を掴むと強引に自分のほうを向かせて鋭い眼差しで射貫く。


「困るって何で?俺の傍にいたくないから?
それとも…死にたいって考えが揺らぐから?」
「今の私はあなたに相応しくないわ。
隼人の傍にいられないなら、私には何も残らない…だから死にたいのよ」


淡々と答えているようで微かに震えた声。
そのくせ、隼人の想いを聞こうともせず
決して考えは変わらないという姿勢をみせるから
勝手に思い込んで勝手に答えを出してしまったツグミに対し
初めて我儘だとか強情だとかいう印象を抱く。

そうして思い知らされるは彼女が由緒正しきお嬢様であったという事実。
昔から蝶よ花よと育てられ、女学校では夫に尽くす道を教え込まれた彼女が
愛する人に見合うだけの自分でありたいと望むことは至極当然で。
美しさの一つでも欠けたなら身を引くという考えに至っても仕方のないこと。

「包帯とお薬をお持ちしました」と遠慮がちに入ってきた使用人に対しても
反射的に「必要ないわ」そう跳ね除けてしまうツグミの根本を理解した隼人は
この面倒なお嬢様をどうしたものかとあからさまに溜息を吐き、
彼女が拒んだ包帯と薬を代わりに受け取った。


「っ、隼人。止めて、痛いわ」
「我慢して手当てを受けろ」
「必要ないって、言っているのに…」
「お前が好き勝手言うから、俺も好き勝手に行動させてもらうぜ」


言い切られて困ったらしいツグミは言葉を詰まらせるも不満顔。
隼人がそれを無視して幾つもある傷口に薬を塗っていけば
彼女は顔を顰めて「いたっ」と声を上げるから隼人の溜飲も下がる。


「こんなに痛くてたまらないのに…涙も出てこないの」
「ツグミ…?」
「鏡を見て作り笑いの一つもしたかったけれど
顔は強張ったまま上手く動かせない…これから先、ずっとよ」


まるで自分のことを化け物のように言って
「あなたはそれで良いの?」と問うてくる彼女は狡い。
本当は自分が一番辛いくせにそれを一つも見せないまま
自分が納得できる逃げ道を探している。

「結局、お前は俺を言い訳に死にたいだけだ」そう指摘したなら
ツグミは否定や肯定の言葉も出ないまま
初めて自分の気持ちに気付いたような戸惑いを見せるから
隼人はそんな彼女を絶対に逃がさないよう腕を掴んだ手に力を込めた。


「本当に俺の為を思うなら、生きることを考えてくれ」


その言葉は光となって降り注ぐからツグミは導かれるように顔を上げる。
瞬間、目と目が合ったならお互いがその綺麗さに目を細めた。
ずっと見つめ合っていたいと望んでいるのは自分だけではない。
そんな確証をもって口元に笑みを浮かべた隼人は
「お嬢様、答えを頂けますか?」と促す。

そうして返ってきた答えは小さな小さな頷きだった。
まだどこか躊躇いの残る表情でありながらも、生きることに前向きな瞳。
隼人はずっと強張っていた身体の力が抜けていくのを感じながら
「良かった…」そう安堵交じりに呟いたのち、
過去に失った存在と今目の前に確かに在る温もりをまとめて抱きしめる。

もう大丈夫だという喜びから強くなる力に
「っ、隼人。痛いわ」と訴えられるけれど暫く離せそうになくて
「我慢してくれ」そんな我儘を言ったなら
胸の中にいる彼女は可憐な笑みを咲かせ、綺麗な涙を流した。







end




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