スパークリングの波瀾
隼人×ツグミ
隼人√GOODEND後



手玉を撞いた瞬間に勝利を確信した隼人は
的玉が転がりポケットに落ちる音を聞きながら口元に笑みを浮かべた。
気の知れた仲間と盛り上がるビリヤード大会を今回も順調に勝ち進み、
あと一勝すれば優勝というところでブレイクタイム。
篠田にソーダ水を頼みつつ、店内にいる勝利の女神の姿を探す。

隼人としてはツグミに近くで見ていてもらった方が
断然、やる気も出るし、勝利への自信に繋がるのだが
彼女は邪魔をしてはいけないからと遠慮して試合中は遠くにいることが多い。
とはいえ、隼人がツグミの姿を見つけるまでに時間はかからず。
ガラスのコップにしゅわしゅわと注がれたソーダ水を受け取ると同時に
彼女の元へ歩き出す。


「あれって…」


通常の客に加えて大会の見物人でごった返した店内を人影避けながら進んで
漸く目の前に見えたツグミの姿に心が踊ったのは一瞬で。
次の瞬間には手に持ったコップの冷たさが全身に回ったみたいに熱が冷めて
ソーダ水が弾ける音が耳につくほどに世界から孤立したような気になる。

そんな状態のまま暫く見つめていても気付いてくれない彼女は
傍らにいる男二人に向けて、それはそれは綺麗に笑うから
本当はすぐにでも駆け寄っていきたいところを躊躇ってしまう。

ツグミがこんなふうに親しげに話をして笑顔を向けるのは
自分にだけであると勝手に思い込んでいた。
難攻不落の公園の姫の心象は今でもほんの少し残っていて。
彼女の変化を一番近くで見てきたと自負しているくせに
いざ、あの頃とは違った対応を目の当たりにすると動揺してしまう。

女学校の教えを受け、異性と話をすることも並んで歩くことも躊躇いを見せては
男女の差を嘆いていたツグミを変えたのは隼人の影響が大きくて。
それを少しでも失敗したなと思ったことを否定できず。
自分の心の狭さが嫌になる。

異性を潔く跳ね除ける公園の姫と呼ばれていても
その魅力に引き寄せられる者は後を絶たなかった。
対して今の彼女は芯の強さはそのままに柔らかな雰囲気を纏っている。
美しい羽を広げて自由に飛び回り、
枝に止まれば優しく囀る鳥に誰が手を伸ばさずにいられるだろう。
いくら自分のものにしたところで、安心なんてできない。

きっとこれから先も尽きないであろう不安をどうしたものかと悩んでいたところ
不意に遠い存在に感じていたツグミと思いのほか近い距離で目が合った。
刹那、彼女が見せた笑顔は今までのそれとは全く異なり、美しく輝いて
「隼人!」と名を呼ぶ声はそれはそれは嬉しそうで。
自分だけの特別をもらったような気になった隼人は単純にも満たされてしまう。


「隼人、試合前なのにここにいて良いの?」
「あぁ。ちょっと息抜きしようと思ってさ…」


心は全く休まらなかったけれど、そう心の中で付け加えて
微かに残る不安を誤魔化すためにソーダ水を飲む。
少しだけ炭酸の抜けたそれだったが、しゅわしゅわ口の中で弾けて喉を潤す。
美味しそうに飲む隼人につられてか、彼女も持っていたミルクセーキを口にした。
見るからに甘そうな液体が触れた唇をぺろりと舐める仕草に隼人は喉を鳴らす。
今、口付けたならきっと甘美な味がすることだろう。
何よりも周りにいる連中に彼女が誰のものか示すことができるなんて魅力的だ。


「隼人、次の試合に勝てば優勝ね」
「まぁな。ちょっと集中できる自信ないんだけどさ」
「そうなの?でも、隼人なら大丈夫だと思うわ。
さっきも隼人に勝てる人はいないって皆で話していたのよ」
「そうなんだ。そんな話をね…」


楽しげに話していたその内容が自分のことだったと聞けば、溜飲も下がるよう。
それから幾つか言葉を交わし、そろそろ始まるらしい最終戦に呼ばれる頃には
先程までツグミと話していた連中の視線も気にならなくなっていた。

とはいえ、このままツグミを一人残していくのも心掛かりであるため
隼人は持っていたソーダ水を「試合終わるまで持っていてくれ」と、押し付ける。
それについて何の疑問も持たずに受け取ったツグミに
してやったりな表情を浮かべた隼人は両手が塞がった彼女へ
まるで口付けをするかのような距離まで近付くと
「優勝したら、ご褒美くれよな」そんな言葉を耳元で囁く。
そして、何事もなく試合に向かう隼人に対し
ツグミは塞がった両手をそのままに真っ赤な顔で立ち尽くす。

それから間もなく、店内が隼人の優勝記録更新に湧いたことにも気付かず
一人佇む彼女の元へ隼人は自らご褒美をもらいに行くのだった。







End



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