バックグラウンドの変色
隼人×ツグミ
隼人√GOODEND後


レリーフ模様が美しいポットを傾けてお揃いの柄のカップに注がれる深い紅色と
そこから浮かび上がる甘やかな湯気に乾いた喉がごくりと鳴った。
折角の休日、もう少しベッドの中で温もりに包まれていたいとも思ったが
紅茶を啜りながら穏やかな朝を迎えるのも
屋敷で過ごしていた頃を思い起こさせ、悪くない。
もっとも、屋敷ではじいやが煎れてくれた紅茶を
ヒタキと他愛ない話をしながら飲んでいたのだけれど。

そこまで思い返したところで
不意に心臓がどくんと跳ねるほどの衝撃を背中に受けた。
それを機に鼓動が速くなるも、後ろから抱き締められる温もりと
酩酊しそうなほどの甘い香りに不思議と落ち着きを取り戻し。
気が付けば、彼の胸に身を預けていた。


「おはよ」
「おはよう…隼人。あの、どうかしたの?」
「ん〜、愛する恋人が勝手に俺の元から去って
悲しいなぁ、慰めてもらいたいなぁと思ってさ」
「だ、だって…ぐっすり眠っていたから。
今日はお休みだし起こすのは悪いと思って」


それに美味しい紅茶を淹れておけば
隼人が起きてきたときに飲んでもらえると思った、などと言ったところで
すっかり拗ねてしまった隼人が甘やかな檻から解放してくれることはなく。
以前にも同じようなことがあったなと相変わらずな彼に溜息一つ。


「目覚めた先に愛する人がいて、全身でその存在を感じることができて、
更に可愛い寝顔を見ることができたら、今日を幸せな気分で迎えられるんだよ」
「…最後のはともかく、その気持ちが分からないわけではないけれど」


実際にツグミも今朝は隣で眠る隼人に
昨夜の余韻というには優しすぎる熱を宿し、
心地良いくらいのリズムで鼓動が高鳴ったのだ。
自分だけが知っている感情であれば良いと願わずにはいられないそれ。
全く厄介なものだ。

とはいえ、着替えもそこそこに
ベッドから真っ直ぐ自分の元へやって来る隼人はどうかと思う。
強く抱き締める腕からどうにか解放してもらうも
向かい合った彼が羽織ったシャツはだらしなく開いており
そこから覗く胸元にまた落ち着かない気分にさせられる。


「あ、あの…早くボタンを留めたほうが良いと思う」
「え…あ〜、なぁんだ。照れてるんだ?
昨晩だってその前だって何度も見てるはずなのに、まだ見慣れない?」
「見慣れるものではないと思うけれど」


そう口を尖らせ反論すると、隼人のほうも思うところがあったらしい。
妙に納得してみせたかと思えば「じゃあさ」なんて言葉と
何かを期待するような眼差しを向けてくるから
ツグミは思わず後退りつつ「何でしょうか?」と乾いた声で続きを促してみる。


「ツグミがボタン留めてくれる?」
「なっ、どうして私が…?」
「燕野のシャツのボタンを留めた時に言ってただろ。世話を焼くのが癖だって」
「そう、だったかしら…」
「そうだよ!あの時のことは結構、衝撃的だったし
まさか自分が誰かを羨むなんて思わなかったし。
だから、今度は俺のを留めてくれないかなぁって思うわけですよ」
「あ、あれは反射的なもので…」


人の感情に少しだけ鈍感な自分でも分かる。彼が妬いているのだと。
こんなこと言っては隼人はまたむくれるかもしれないけれど
ヤキモチ妬きなところも、一度言い出したらきかないところも
姉が甘やかし過ぎたせいで少々我儘になったヒタキに似ている気がして。
深く考えることをやめたツグミは仕方ないといった表情浮かべ
弟にそうするように、彼のシャツに指をかける。


「あ…また」
「え?」
「また、心ここにあらずって顔してる」
「そんなこと…」
「あるだろ。まぁどうせ、ヒタキ君のことを思い出してたんだろうけど…」


尻すぼみになっていく隼人の言葉が聞き取れず。
聞き返すため、既に3つのボタンを留めたシャツから視線を上げたツグミだったが
存外近くに彼の顔があることに気付くと
何の話をしていたかも忘れ、たじろいでしまう。

対する隼人も自分でボタンを留めてほしいと言っておきながら
多少の照れがあったようで、頬がほんのり赤く染まって見えた。
それが伝染したみたいにツグミの頬も熱を持ち始め、
今まで何となしにしていた行為が
とてもいけないことであったかのように思えてくる。

逃げるように視線を落としてみるも、
そこにある中途半端に開いたシャツから覗く引き締まった腹筋に
くらり眩暈を起こしそうになった。


「ツグミ?」
「あ、いえ…」
「なぁに?まさか今更恥ずかしくなった?」
「だって、それは…」
「意識、してくれてるんだろ?俺も同じだよ。
想像以上に緊張するし、期待以上に幸せだって感じてる」


あまりに平静に胸の内を明かしてくれる隼人に
調子が良いことを言っているだけではないかと一瞬疑ってしまったが
彼があまりに慈しみに満ちた笑みを浮かべているものだから
その笑顔を独り占めしたくて「それは私だから?」そんなことを尋ねてしまう。

そんな疑問を口にした時点でツグミにとって隼人が唯一意識する対象で
特別な存在だと打ち明けているも同然。
それに気づいた頃には隼人は良いことを聞いたと満面の笑みを浮かべており
ツグミは諦めて彼の答えを待つことにした。


「ツグミだからだよ。こうして何かをして欲しいって望むのも
できれば俺だけを特別扱いして欲しいって願うのも、ツグミにだけ」

ひらりと掌に落ちてきたその言葉に
自分の想いを重ねたツグミは全く同じ色と形をしたそれに
嬉しいような照れ臭いような幾つもの温かな感情を宿す。


「だからさ、俺の特別も受け取ってよ」


心に降り注ぐ素直で真っ直ぐな言葉に絆されていたツグミは
彼の瞳が獲物を狩るような目つきに変わったことに気付くのが遅れてしまった。

隼人のいう特別が何を意味するのか。
疑問に思った瞬間には彼の手はこちらに伸びてきており
ツグミが身を引く前にブラウスのボタンに指をかけられ外されてしまう。
外気にさらされた胸元に冷えを感じる間もなく、
熱い唇を寄せられ、ちりっと痛みが触れる。


「っ、隼人!」


首元に残されたであろう赤は唇が離れても熱を持ったまま。
呆然と立ち尽くすツグミに構わず、
外れたままになっていた残りのボタンを
容易く留めた隼人は紅茶の香りを纏い去ってゆく。

穏やかな朝を奪われたのか特別を貰ったのか。
ツグミは複雑な心境で、すっかり熱を奪われてしまった紅茶を
ただ恨めしそうに見つめるのだった。







End



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