お兄ちゃんは会長様


初夏の風が髪を揺らす、午後のひと時。見上げた空には、雲一つなくて、澄み切った青い空が永遠と続いている。窓から見える新緑の葉に、キラキラとした太陽が――…


「隊長ーっ、今日は会長様の所に行かなくていいの?」


……太陽が目に眩し―…


「隊長、会長様きっと待ってるよー」


……眩しく、俺の心も―…


「隊長、恥ずかしがらずに会長様の所に行っていいんだよ」

「ちょっ、煩いですよ! 俺は今初夏の風を感じながらお茶を楽しんでいるんです! そんなに奴の所に行きたいなら先輩たちだけで行ってくださいっ」

「もー、またまたー、自分だって行きたいくせに、強がっちゃってー」

「なっ! どうやったらそう言う解釈の仕方ができるんですか!」

「「「だって、お兄ちゃんの親衛隊隊長をするくらいだから、会長様が大好きなんでしょー」」」

「だからそれは、あいつに脅されたからだって言ってるじゃないですかっ!」

「「「キャー、怒ったー」」」


パタパタと足音を鳴らしながら遠ざかっていく先輩たちの背中を見送り、溜息がでる。俺が兄兼生徒会長の親衛隊隊長になってから毎日毎日行われる会話。そりゃあ、自分の実の兄である奴の親衛隊隊長なんかになってたら、どれだけ兄貴の事好きなんだよって話だけど。それは自分の意志で入った場合に限られると思う。俺の場合は、


『明日から直人(なおと)も俺と同じ高校だな』

「不可抗力だけどね」

『またそんなつれない事言って。ふー、まったく、変わらないな直人』

「(兄ちゃん、絶対また色々勘違いしてふざけた思考してんだろうな)用がないならもう切るね」

『待てっ。今日は直人にお願いがあって電話したんだ』

「(いやな予感)……何?」

『直人、お前俺の親衛隊隊長になってくれないか?』

「は?」

『だから、お前俺の親衛隊隊長に……「てっめええぇ! ふざけんな馬鹿野郎! 何が悲しくて自分の兄貴の親衛隊に入らなゃならん!」

『直人、違うぞ。親衛隊じゃない、親衛隊隊長だ』

「なお悪いわっ、ボケエェ! 俺に重度のブラコン容疑をかけさせるつもりか! あ゛あ゛!?」



という具合に、入学前にそんなふざけたことを言われた事がきっかけだった。断り続けたが、結局俺はこうして生徒会長親衛隊隊長という、頭を抱えたくなる地位についている。いやでも、……あんな脅され方をしたら誰でも受けるしかないと思うのではないかという脅し方をされ、頭が恐怖という言葉に埋め尽くされていたのだから仕方がないと思う。実際俺は涙目だった。でもその後、「そんなに苦労はさせないし、絶対にお前を守るから。俺も全力で協力するから。」というあの恐怖を植え付ける事しかない脅しの後に、そんな練乳と砂糖を混ぜ合わせ、蜂蜜をたっぷりかけたような甘い飴(涙目だった俺にはそんな風に感じた)を与えられ、そのまま流されてしまったというわけだ。ははっ、笑えねえ。


まあ、実際に入ってみるとそんな大変な事はなかったし、俺が弟という事もあり、身内しか知らないような兄の話が聞けるという特権があるからかそんなに反発的な人はいなかった。友人曰く、兄ちゃんの親衛隊は穏便派らしい。また、学年が一番下である俺が隊長なんかになっていいのかと思っていたが、何故か親衛隊の先輩たちからは暖かい目で「頑張るんだよ」と言われ今に至る。というか、先輩たちは絶対に俺が超ブラコンであるように考えている節がある。俺の名誉のために言わせてもらうが、断じて違う。


「はー、今日も疲れる」


一人になった部屋でポツリと呟いた言葉は、誰にも届くことはなかった。












「隊長ー、もうこれはガツンと言うしかないよ!」

「そうだよ。あの転校生、会長様の迷惑になってるとも気づかないで、邪魔ばっかりしてるんだから」

「へー、そうなんですか」


親衛隊会議の途中、先輩が言った言葉で皆が一斉に転校生への不満を上げ始める。穏便派であるうちの親衛隊の先輩たちがここまで言うなんてどれだけ嫌な転校生なんだ。


数日前に、うちの学校で珍しく転校生が来た。別にどこにでもいるような平凡な奴だったのに、親衛隊持ちである兄ちゃんを除く生徒会役員やホスト教師、風紀委員の一部の奴らから惚れられたらしく、うざいくらい一緒に行動してるらしい。それを親衛隊が許すはずもなく、忠告を行っているけど全く聞く耳持たずで、苛々してるみたい。うちの親衛隊じゃないからそこら辺はあまりわからないけど。


「隊長、これは何とかしないといけないよっ」

「……そんなに酷いんですか?」

「会長様以外の生徒会の皆様が仕事をしてないらしくって、大分仕事が溜まっているみたいなの」

「それなら直接生徒会の人たちに言った方が……」

「それがどの親衛隊の子たちも言いに行ったらしいんだけど、誰も聞く耳持たないらしくて。しょうがないから原因である転校生を何とかしなくちゃって事になってるみたい」


そんな事になってるなんて知らなかった。一応俺隊長なのに。
そして生徒会の人たちが仕事してないなんて、このままでは学校の運営的にも危険な状態になりそうだ。…はー、しょーがない。


「それじゃあ、明日の放課後転校生と話してみますね」

「! ありがとう、隊長! 会長様のためだね」

「いや、今の流れで何でそういう事になるのか分からないんですが……」

「会長様のために、転校生にガツンと言ってあげてね」

「いや、だから…」

「頑張って隊長、会長様のために」

「だから違うって言ってるじゃないですか! 俺が転校生と話をするのは兄ちゃんのためじゃなくて、学校や先輩たちのためです! 兄ちゃんのためだとか絶対ないですっ」

「「「(この、ツンデレさん)」」」


先輩たちの目がまたいつものように暖かい目になったので、もう何も言う気になれずその日の親衛隊会議はそこでお開きとなった。










*****


次の日の放課後、転校生を手紙で呼び出しその場所で待っていると、指定の時間より30分も遅れて例の転校生がやって来た。時間にルーズすぎやしませんかね?


「君がこの手紙入れたの?」


転校生が見せた手紙は、ロケットや怪獣がデフォルメされて書かれているファンシーな封筒で一瞬目を窺った。先輩方、もう少し封筒を選んでほしかったです。


「…そうですね」

「用事って何なの?」


呼びだされているのに、物怖じしない言い方に少し驚く。厄介そうだと、小さく溜息を吐いた。


「えーと、生徒会長親衛隊隊長です。最近、君生徒会室に入り浸ってるみたいだけど、それをよく思わない人もいるから、そういう事は控えてくれない? 君と一緒にいる所為で仕事に遅れが出てるみたいだしさ。生徒会の人たちと仲良くしたいなら、もっと周りを刺激しないように隠れてとか……」

「親衛隊隊長!? 君たちがそういう事言ってるから、先輩たちは苦しんでいるんだよ。どうしてそれを分かってあげないの!? それに僕は先輩たちから呼ばれたから生徒会室に行っているわけで、邪魔なんてしてないよっ。何と言われたって僕は先輩たちの友達だから!」

「……あの、だから先輩方と友達なのは分かったから、隠れて会うとかあまり周りを刺激しないように……」

「何で友達なのにそんなコソコソしなくちゃいけないのさっ。君たちはどうせ先輩たちの上辺だけしか見てないんだよ! 先輩に理想を押し付けて、勝手に崇拝して、それが先輩たちにどれだけ迷惑だとか考えた事ないの? 君たちみたいな親衛隊がいるから皆困ってる! ホント親衛隊なんて最低だね!」

「ちょっ、黙って聞いてたら言いたい事ばっかり言って。勝手なイメージを押し付けてるのはそっちじゃん。最低って……」


そこまで言って頬に強い衝撃を受けた。は?


「……見損なった。自分たちの非を認めないなんだね。もういいっ! 僕は絶対先輩たちに寂しい思いはさせない。絶対君たちから先輩たちを守ってみせる!」


もう俺とは話す事なんてないというように、踵を返して走って行く後姿を呆然と見つめる。え、何で俺叩かれてんの? 俺なんか間違った事言った? 会いたいなら隠れて会ってって、仕事の邪魔すんなって忠告しただけだろ。


いやなんで、マジ俺が叩かれてんの? 意味分からん。左頬はヒリヒリと痛むしマジなんなの。………兄ちゃんの所為だ。兄ちゃんがもっと生徒会役員の人たちをまとめていれば、もっとあの転校生に注意していれば、……俺を親衛隊隊長なんかにしなければ…っ。


……いや、違う。そもそも生徒会役員が、仕事を放りだしたり、あの転校生に人前でベタベタしなければ。もっと真面目に生徒会役員としての自覚を持っていればこんな事にならなかったんだよっ!!


転校生が走り去って10数秒で思考はそこまでにおよび、俺は迷う事なく生徒会室へと走り出した。








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