1.月が綺麗だから 『お邪魔します』と、かしこまって玄関から入り、靴を端に寄せて揃え、 『失礼します』と、20畳位の広いリビングに敷かれた高そうなカーペットに足を踏み入れる――― 「………いい加減慣れたらどうだ、アサギよ」 「だ、だって…ここに来るの、今回でまだ5回目なのよ?それに、このオシャレな空間がリヴァイの家だなんて……」 「5回も来りゃ上等だろうが。それに最後のは“余計な一言”………っておい、まだそれ電源付いてねぇぞ」 リビング中央にある電気式暖炉へ、導かれるように身を寄せコートを着たまま震えるアサギの後ろから、リヴァイはリモコンで暖炉を付けてやった。 「今日は昨日より寒くないはずだが。ったく、お前寒がりなのも変らねぇな。それより早く飯にするぞ、腹減った。」 「しょうがないじゃない、男と違って女は筋肉が少なくって脂肪が多いんだから。ん?脂肪が多いと逆に温かそうよね?あれ?」 「……体の熱は筋肉で作られている。脂肪には血管が少ねぇから一度冷えると温まりにくい……って、俺は何を言ってるんだ……。そんなことはどうでもいい、部屋温めてやるからさっさと来い」 聖夜の再会からはや1ヶ月。 二人は離れていた年月を埋めるかのように、週2日のペースで食事に行ったり、ドライブしたり、互いの部屋でくつろいだりして逢瀬を重ねた。 昔から互いをよく知ってるだけにゼロからスタートの恋愛ではない。性格はもちろん、好きな食べ物や趣味だって大体把握している。 だからこそ二人はずっと前から一緒に居るような心地良い感覚で、心の距離を縮めるのはとても簡単だった。 ただ、この10年で二人は大人になり、それなりの恋愛経験があるわけで…… リヴァイとアサギの場合、そういう幼馴染みというバックグラウンドがあるから二人が“大人の関係”になるのは時間の問題だと思われた。実際、二人は早速再会の日にイイ感じになっていたので、男慣れしていないアサギでさえそうなるものだと不安半分ながらも期待はしていた。 ――だが、リヴァイはアサギを抱かなかった。 部屋でキスをしていて、何度かそんな雰囲気になったものの、その度リヴァイはスッと体を離しては冷蔵庫に飲み物取りに行くだの、上司に電話し忘れてただの言ってその場を誤魔化してきた。 一度や二度ならまだしも、さすがにそれが何度もあると何か理由があるのだろうかとアレコレ考えてしまう。 自分に女としての色気が足りないから? まさか“ED”とか!?でもあの夜といい、“彼の”がいきり立ってるのは身を持って知ってるからそれは違うか…… じゃあどうして―― 生来のマイナス思考で色々考えても結果の出ない負の連鎖に陥るし……半ばもうどうにでもなれとアサギは吹っ切れていた。 そんな中での今日のリヴァイ宅訪問。 3回目くらいまでは、俗に言う勝負下着なるものを身に付けていたわけだけど、どうせ今夜も晩御飯一緒に食べた後に『送ってく』ってコート羽織りながらシレッと玄関に向かうのだろう……下着は一番使い勝手が良いシンプルな物だし、もちろんお泊まりセットなんて荷物になるから持っていない。 ……準備万端にしといて、叶わなかった時に期待してた自分が馬鹿みたいだと虚しくなるから敢えてそうした…と言うのが本音だけど。 リヴァイの元々無表情で愛情表現が乏しいというのが災いしてか、自分だけがリヴァイを好きで空回りしてるみたいだとアサギの心は揺れていた――… 「おい、どうしたボーッとして。何かあったのか?」 「…………え?あ、ううん、何でもない大丈夫。えっと、何の話してたっけ?」 「『コレを飲むか』と聞いていた。」 レストランに注文し、テイクアウトしたパスタとバケットで軽めに夕食を済ますと、リヴァイは細長いボトル用紙袋からスリムなワインボトルを取り出して机に置いた。 そしてキッチンからワインオープナーとワイングラスを一つ持ってきた。 「アイスワイン……?どうしたの、それ。結構高いわよ、その銘柄。」 「先日エルヴィンからもらった。取引先からの頂き物らしい。飲めるのか?」 「うん。じゃあ折角だし、少しだけ頂こうかしら」 グラスに注がれてゆく赤を眺めながら、もう少し早く出してきてよ、食事終わっちゃったじゃないと不満そうに呟いたと思えば、どうせならリヴァイと二人で飲みたかったと赤い唇を尖らせる。 アサギが愛しくて堪らないリヴァイは、その仕草を見て何かが胸に詰まるような苦しみを覚え深い溜め息をついた。 「……今私のこと、子供って思ったでしょ?」 「思ってねぇ」 「思ってる」 「思ってねぇ」 「思ってる」 「……可愛い、とは思っている」 「……え?えぇ?っそ、そういう変化球、反則よっ!」 「規則は破るためにある」 「不良ーー!」 「いいから来い鈍感女」とあしらうと、彼女のグラスを持っていない方の手を取り、リビングにある高そうな黒革のソファーに座らせた。 「なんて冷てぇ手してんだお前…」 「心が温かいからに決まってるでしょ?…んもう、まだ飲んでるのに………ッ!?」 リヴァイはソファーに腰を下ろすなり距離をつめて、ワインを口に含んだアサギの甘い唇にそれを重ねる。 驚き体を逸らそうともがくのを着痩せしている筋肉質な両腕でシッカリと押さえ込み、動く頭もその手で制し、口づけを深めてゆく…… ――唇を離した頃にはもうアサギの息はあがっており、抵抗していた体からは力がすっかり抜けていた。 「……ね……、ねぇ、リヴァイ……今日はもう帰る」 「この雪の中どうやって帰るんだ、もう終電終わってるぞ」 「申し訳ないんだけど、いつもみたいに車……」 「俺はもう運転できねぇ」 「……え?何で?……ちょっ!…ッン!」 再びアサギにキスをするリヴァイ 舌を絡め、味わうように…… 「アイスワイン、なかなか美味ぇじゃねぇか」 「……あ!そっか、私お酒飲んでる……キスしてきちゃダメじゃない!また次一緒に飲めるのに。我慢できなかったの?」 「我慢……そんなもの、とっくに限界きてた……」 真っ赤な顔で胸にしがみ付いているアサギを子供みたいだと冷やかしながら、リヴァイは愛しい気持ちを伝えるように細いその身体を強く抱きしめた。 ――今日は月が綺麗だな ――今日も、……でしょ? ――あぁ。ずっと昔からそうだ………だから今日は泊まっていけ――― |