07
「この島何も無いから、海軍はほとんど来ないよ。じゃあね、海賊さん」
 そう云って軽く手を上げると、砂浜の反対側――通りの脇道へと駆けて行ってしまった。
「…………」
 あれが“人魚”でないのなら、体が動かないのは何故なのか。
(人魚は30歳を境に尾ヒレが二股になるらしい……なら、あの足は尾ヒレだったのか)
 けれど、娘が30代には見えなかった――だとすると、人間か、自分が知らぬ新しい種族なのか。
「…………一体なんなんだ」
 それは、名も聞けぬ人間(仮)の彼女に対してか、それとも名も知らぬ感情の湧き上がりに対してか。
 知識人のキラーでも分かることはなかった。



 夕焼けが島を赤く染め、それも過ぎて海も闇をまとい始めた頃。
「◆、そろそろ店を開けようか」
「はーい、今行きまーす」
 昼間はランチを提供していたカフェが、明かりを灯して静かなバーとなる。
 スタンド看板を店の外へ出していた◆は、店内で酒樽を転がしていた店主に「そう云えば」と声を掛けられた。
「ん? どうしたの、ダンナさん」
「今日の昼、沖に泳ぎに行ってただろう」
「ウッ」
 ◆が首が締まったような声を上げ、引きつった顔で店に入って来ると、店主が深い溜め息を吐いた。
「店から見えてた?」
「いいや、パインのジイさん情報」
 パインのジイさんとは、パイン農園の主人の事だ。昼間に来店したパイプの老人である。
「店に来る時に、沖に小舟が見えたってさ」
「うわあ……老眼もあなどれないってことね」
 カウンターを拭きながら、◆は微妙に失礼なことを云う。
「ったく……あんまり海に出るなって云ってるだろう。それに、今日はなんだか海の方が騒がしかっ――」
「そうそう! そうなの、海賊が来たの! ダンナさん、“キッド海賊団”って知ってる!?」
 話題を変えるチャンスだとばかりに、◆は今日見掛けた船と、ほんの少し言葉を交わした海賊について捲し立てた。
「き……キッド海賊団って云やァ……!」
 店主が目を丸くした時、ドアベルが鳴り、四人組の客が入って来た。
「あ、いらっしゃい!」
 振り返って笑顔で迎えた◆は、おしぼりを取りにカウンターの奥へ入る。
「良かった、ここに海賊は来てねェみてェだな!」
 客の一人がテーブルに着きながら、そんな声を上げた。
 店主は樽を定位置に立てて、◆からおしぼりを受け取り、テーブルへ急ぐ。
「もう知ってるのか? ◆が見たって……“キッド海賊団”をよ!」
 おしぼりを受け取った客は、オウ! と頷いた。
「知ってるも何も、すぐそこの港に昼過ぎに入港して来やがったからなァ。んで、今は町の酒場に居るんだよ」

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