05
「人魚なんか魚人島に行きゃァわんさか泳いでんだろ。それに時々そこら辺に居るらしいじゃねェか。実際に見た事ァはおれも無ェがな」
興味無さそうに鼻を鳴らされ、キラーは後頭部に手をやりつつ頷く。
「まあ……そうなんだが」
「なんだ、久しぶりに魚と戦って混乱したか? ハハ……そういや、さっき砂浜が見えたな。そこで待ってりゃァ人魚に誘われるかもしれねェぜ?」
キッドが笑いながら顎で示したのは、港を岩壁で挟んで反対側に位置する砂浜の方角だった。
岩壁は上手く海の仕切りのようになり、今居る場所を湾に、反対側を波があまり侵入していない砂浜にしていた。もともとこの一帯が砂浜だったようで、岩壁の作りからして港は人工的なものらしい。
その港には、漁師であろう島の住民がちらほらと作業をしていたが、海賊の入港も勝手な着岸にも気にすることなく、仕事に精を出していた。
桟橋をドカドカと歩き、港から通りへ出て、キッドはふと振り返る。後ろに続いていたキラーは、どこか魂の抜けたようになっていた。
「人魚は歌声で魂を持ってくとかナンとか聞いたことァあるが……マジなのか? キラー」
キッドは呆れた声を上げ、軽いとは云えない蹴りをキラーのスネへかます――と、その体は宙へ跳ね、一回転して数メートル後ろに着地した。
「……なんのつもりだ? キッド」
「おお、ホントにキラーは反射神経がいいなー」
後ろに付いてきていたワイヤーが、感心したように頷く。
「……フン。まァ、その様子ならヘマする心配は要らねェな」
キッドはゴキ、と首を鳴らすと、キラーへ背を向けた。
「おれァ、コイツらと酒飲めるとこでも探す……ログがどれくらいにしろ、物資調達もしなきゃなんねェからな。お前は人魚を探すなり散歩なり、好きにしてろ」
ヒラヒラとキッドは手を振り、ワイヤーを含めた上陸チームが、島の中心へと続く道を歩いて行ってしまった。
「…………?」
そこで我に返ったキラーだったが、現在の状況が上手く飲み込めず、首を傾げた。
(……やれやれ……)
自身に呆れ、襟足をかきつつ、辺りを見回す。
とりあえず云われた通りに散策でもしようと、キラーは島をぐるりと回れそうな海沿いの通りを歩き出した。
(しかしなんだったんだ、“あれ”は……。人魚だとしても、驚く相手では無いんだがな――)
人魚でも魚人でも、手長族でも、種族はこの世界には何種も存在する。グランドラインに入ったばかりの時は驚くことも多かったが、今では順応能力もそれなりに上がり、慣れたものだ。知識もあるし、冷静さを欠くことなどほぼ無かった。
それなのに、何故かあの時――島へ向かう途中、海面に小舟が浮いていることに気付き、船縁から覗けば、そこには娘が居た。澄んだ瞳が遠くからでも分かり、この島の付近を囲む近海の色のように美しかった。
そして、海に映えるような白い肌が自分を誘うようで、目が釘付けになって――
船が小舟と娘を横切り、遠ざけ、しばらく自分はそこから動けなかった。
(本当に、人魚とは“船乗りを惹きつけ、魂を奪う”のか……?)
本には“人魚は優しい”と、かなり抽象的に書かれていたが、考えてみればそれも信憑性が無い。
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